2009年11月12日

「POLART 6000」 即席是空

荒木経惟 『POLART 6000』 (RAT HOLE GALLERY)

ギャラリーの壁に、6,000枚のポラロイド写真。

araki_polart6000.jpgポラロイドに埋め尽くされた壁と向き合い、その迫力に圧倒された。そしてしばらく遠目から眺めたあと、そろそろと近づいて視線を無秩序に飛ばし、ポラのどれもこれもが猥雑で、それでいてユーモアに満ち溢れていることにいたく感心した。生命の、写真の不思議。なかでもとくに不思議に思えたのは、性的ではないはずの被写体、とくに食べ物を写した作品が笑ってしまうくらいに卑猥だったことで、たとえばサンドウィッチからはみ出したソーセージが卑猥なのはまだあれだとしても、どんぶりの上から眺めるラーメンのどろどろした在り様だとか、あとはなにがあっただろう、まあ、とにかくアラーキーの手にかかると、即席であるはずのポラロイド写真が淫らな荒木の色に染まり、そして月日の流れの中でほどよく色褪せ、その褪せたトーンがある種の無常感を醸し、悦びと哀しみを混ぜ合わせて、その群れをあたかもこの世の凝縮体の如くみせているのだ。

展示最終日。ギャラリーに向かう階段を降りるときに、ガラス越しに関係者と歓談中の荒木氏が視界に入り、ぎょっとした。緊張し、ギャラリー内にはなかなか入れず、入り口ちかくの書棚やカタログなどをちらちら眺めているうちに彼が出てきて、スタッフのひとりに例の調子で声を掛け、お連れに囲まれつつ賑やかに去っていった。荒木さんと出くわすのはこれが三度目なのだけれど、初回は手足が震えて近づけず、二度目は見なかったことにして逃げ、三度目の今回は彼の背後から視線で追った。この先、もう少しよいかたちでお会いする機会はあるのだろうか。
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2009年11月09日

味スタ、敗北

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11月8日(日) 曇りのち晴れ

昨晩、悪夢のせいで何度となく目を覚ましては寝、覚ましては寝、の繰り返し。しかし負けずに少し早起きして徒歩にて下北、タイ料理屋でグリーンカレーをいただき、その後、井の頭線に乗り味スタを目指す。

試合前、選手を迎え入れるときに立ち上がり、拍手をした。いつもは座ったままなのだけれど、さすがに今日それはまずいと思い、というか、気づいたら立ち上がって手を叩いていた。そして選手たちの挨拶。大きな旗が振られている。日が差してきた。

しかし、今年こそは、と思ったけれど、現実は厳しい。疲れもあったのだろう、あとひと押しが足りなかった。相手が自陣に引き、とくにペナルティーエリア前を固めていたせいもあったと思う。しかし、チャンスはあったし、少なくとも引き分けにはできたような気がする。無念。

疲れといえば、とくに椋原の動きが悪かった。原口には抜かれ、攻撃のときにも流れを止めがちで、クロスもあらぬ方向へ飛んでいく始末。彼は、ボールを受けるときのファーストタッチに工夫が必要だと思う。そこで一旦ボールを止めてしまうために、すぐに相手に詰められてしまう。

という意味で、椋原を最終ラインに残し、今野を前に上げるという最後のスクランブルは一理あった思う。が、やはり最前線のオプションがないのは苦しい。この試合、近藤、大竹に出番がなかったことを残念に思うし、今後の彼らの奮起に期待したい。

とても残念だが、仕事の都合があり、年内のスタジアム観戦はこれが最後になるかもしれない。
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2009年11月07日

FINAL

11月3日(火) 秋晴れ

2009 Jリーグヤマザキナビスコカップ ファイナル (自宅にて)

会心の勝利。メディアは圧倒的に川崎有利の報道、試合を中継していたTV局も川崎寄りの立ち位置だったのでよけいに痛快だった。

fc_tokyo09110303.jpg五分だと思っていた。というか、内心では東京有利とさえ感じていた。たしかに、カボレの移籍、石川、長友の怪我は痛かったけれど、ここ最近の東京は残された選手たちでよいパフォーマンスをみせていたし、とくに赤嶺が慣れ、成長著しい椋原が安定したプレーをみせていたので、このファイナルも、これまで通りの流れでサッカーすることができればいいところまでいけるのではないか、と期待していた。

で、あの米本のミドル。その瞬間、脳内麻薬が噴出した。あのタイミングで、フリーだったとはいえ、瞬時に判断して打てるのだから彼はただ者ではない。そして平山のヘッド。鈴木のクロスも素晴らしかったけれど、あんなヘディングができるだなんて、彼も役者だなと思う。

しかし、ゲームに対する集中っぷりを思い出すと、この勝利は全員の力で得たのだということがわかる。ピッチ上と、ベンチに控える選手たちと、彼らの抱える藤山、浅利、それにカボレへの想い、さらには観客席、TV、PCの前などで勝利を信じる多くの人たちの祈りなど、様々なエネルギーが重なり、混ざり合って、この結果を生み出したのだ。

*****

観戦後、渋谷に出て映画観賞。泣けた。歓喜にへらへらしたり、感慨に耽ったり、かと思うと切なさにしんみりとしたり、なにかと起伏の激しい一日であった。Tシャツにパーカーだけだと寒いなあ、なんて風を感じながらセンター街を抜け、地下に潜った。
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2009年11月01日

夏の十字架、秋の十字架

ラフィータフィー

left: 『夏の十字架』 / right: 『秋の十字架』 (Swim Records)

忌野清志郎のバンド、ラフィータフィーの二枚。

two_crosses.JPG業界への怒り、世間に対する違和感を爆発させながら、彼は、その熱を原動力に大人のロックを炸裂させる。ひさしぶりにバンドサウンドを聴いたけれど、熟成が進んでいるからなのだろうか、どちらかというと、あとにリリースされた『秋の十字架』を繰り返し聴いた。

恐いもの知らずの若者が勢いでがなりたてるのでもなく、ナイーヴに夢物語を歌うのでもない。かといって達観したふりをして世間を上から見下ろすような真似をするでもなく、むしろ娑婆で泥まみれになりながら、その悲哀を悲哀のままにせず、熱に転換させ、ソウルのこもったロックにして、ギターを掻きむしりシャウトする。ブルージーなロック。おそらく、これが彼の目指した大人のロックなのだろう。

映画『不確かなメロディー』(過去記事)が思い出される。あの中で印象に残っている清志郎の言葉のひとつに、ソロで音楽をつくっても音を完成させることはできない、という彼の音づくりに対する考え方があるのだけれど、この二枚のアルバムを聴いてみて、バンドサウンドの不思議についてあらためて考えさせられた。旅をしながら、みんなで音を出し合って、紡ぎ、熟成させてゆく。そうしてグルーヴが生み出される。その波動が関わる人々を幸せにする。当時、彼が過去にすがることなく、かっこ悪いこともなにもかも引き受けて、それを新しい音楽に向かうための転機と捉え直して突き進むんだことも含め、これらのアルバムから学ぶことは多い。たしかに、この世界で生きることは必ずしもかっこよいことではないし、むしろかっこ悪い、というか、ある種の気まずさがつきまとうものだと思う。そんな無様で滑稽な世の中であっても、命ある限り、大切な物事を大切にして生きていきたい。
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2009年10月25日

「TAI REI TEI RIO」 自由と成熟のつながり、そこから湧き立つもの

高木正勝 『Tai Rei Tei Rio』 (EPIPHANY WORKS)

高木正勝のライヴ・アルバム。音源は、あの時のコンサート・ツアーから(過去記事)。

tai_rei_tei_rio.jpg最初に聴いたときは、正直、少し物足りなく感じてしまったのだけれど、それは本作にあのコンサートそのままの臨場感を期待していたからで、そもそもライヴの昂奮をそのままパッケージ化することなどできるはずもなく、そう考え直せば、これはこれでよいアルバムだと思える。

とても気に入っているのはtrack#3の「Ana Tenga」、その前半部分で、ピアノの旋律がゆらぎながら崩れるようにしてリズムの波の中に溶け込む音の流れに恍惚となる。あとは、「Ceremony」の吐息であるとか、ほかにもいろいろな細かい音が重なり、繋がりあいながら摩訶不思議なグルーヴを醸していて、特設サイト(link)の情報によると、このコンサートではこれまでより各メンバーによるインプロヴィゼーションを尊重したということなのだけれど、その効果か、以前の「Private/Public」(過去記事)より演奏の自由度が増しているぶん音の奥行きに深みがあり、ライヴ全体の成熟度が進んでいるように感じられる。それで聴いていて、耳触りが柔らかい。だからついつい繰り返して聴き込んでしまう。

自由度が増すことで成熟が進む不思議。そこに音楽の魅力が隠されているのかもしれない。
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2009年10月20日

ARSENAL + BARCELONA

イングランド・プレミアリーグ 第9節

アーセナル vs バーミンガム

arsenal09101704.jpgアーセナルが地力の違いをみせつけた。開始20分までに2得点。こうなるともうアーセナルの勝利はほぼ間違いないのだけれど、しかしこの日のバーミンガムのよいところは、この絶望的とも思える状況から1点を返し、さらに同点に追いつかんと奮闘したところで、しかしまあ、それでも同点はないだろうなあなんて思いながらゲームの行方を眺めた。W杯予選明けという日程もあり、アーセナルの選手たちも少し緩んでいたのだろう。長い時間1点差だったとはいえ、さほどハラハラ感はなく、アーセナルの余裕が目立つ抑揚の少ない好ゲームだった。

しかしこうも地力に差がつくと、いくらアーセナルがよいサッカーをしているといっても、嗚呼どうせ勝つんだろうなあやっぱり、なんて思いながら観戦するので、ついつい意識が散漫になってぼんやりしがちになる。サッカーは拮抗していた方が緊張するし、その拮抗の破れる瞬間に湧きあがるあの興奮がたまらないのだ。あれは、いくら経験しても飽きることがない。なぜかまたすぐ欲しくなってしまう。

*****

リーガ・エスパニョーラ 第7節

ヴァレンシア vs バルセロナ

ヴァレンシアが意地をみせた。ズラタン、アンリ抜き、メッシもW杯予選明けでたぶん調子がいまひとつだったのだろう、しかしヴァレンシアにしても代表選手を抱える状況にはかわりがないので、これはヴァレンシア復活の兆しなのかもしれない。しかし、ビジャはどうしたのだろう?
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2009年10月18日

「ゴーギャン展」 内なる野生、楽園と孤独、死

『ゴーギャン展』 (東京国立近代美術館)

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

gauguin.jpg彼のアマチュア時代から最晩年期に至るまでの作品群をほぼ時系列に眺めた。そしてその作品群の流れとともに、株式仲買人として裕福な生活を送っていた彼が、株式相場の大暴落をきっかけに画家となり、やがて近代に背を向け南を目指し、孤島に漂着して、その地で果てるまでの半生をおおまかに追うことができた。

強く印象に残った色彩は朱と緑のコントラスト。この二色の組み合わせから思い出したのは阿修羅像(過去記事)で、古代的といえばいいのだろうか、この色合いの意味について想いを巡らせてみたり。また、近代社会に対する嫌悪から未開の地をある種の楽園と見立てていた彼が、彼の地とキリスト教の寓話を重ねて描くことの意味、あるいは限界のことなどを思った。

たしかに、人間は野蛮な生き物だと思う。日々の暮らしの中でもそれを痛感する。たとえば孕ませた女を置き去りにし、そのまま棄てるのも人間の抱える野蛮の一部なのかもしれないけれど、そうした男のエゴと、近代帝国主義と、生と死と、世俗まみれの情事から高次の思想に至るまで、その混沌を原動力に情熱と失意の反復の中を生きたのがゴーギャンだったのかもしれない。いったい彼はなにを思いながら絵筆をとり、死んでいったのだろう。南の楽園で最期を迎えた彼は、幸福だったのか、あるいは不幸だったのだろうか。彼が見出せなかったなにかを、我々はみつけることができるのだろうか。
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味スタ 明と暗

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10月17日(土) 曇り

約1ヵ月半ぶりの味スタは13時キックオフ。土曜にしては早起きして下北でラーメンを大盛。その後、京王に乗りスタジアムを目指した。

前半は柏の守備が目立った。とくに、梶山と平山の縦のラインを潰そうとする意図がはっきりとみえ、たしかに、サイドで裏に抜けるカボレの脅威がない今となっては、まずこのラインを寸断し、あとは石川のケアができれば多少ボールを回されても恐くはないと思われてしまうのだろう、と納得。実際、柏の意図は嵌っていて、東京は決定的な局面をつくれないまま前半ロスタイムを迎えなければならなかった。

が、東京はそのロスタイムに均衡を破る。梶山の縦のボールを受けた羽生が見事なターンをみせ、赤嶺に絶妙なラストパスを供給したのだ。もちろん、赤嶺はこのチャンスを逃さなかった。この一連のプレーはゲームの転換点となったけれど、柏が布く守備網を突破したのが羽生であったことは合理的だと思えるし、それをハーフタイム以前に成しえた点に今の東京のたくましさを感じた。

羽生はこの大勝を見事に演出した。それはとても喜ばしいことなのだけれど、しかし残念なのは石川の怪我。彼はとどめに駄目を押す4点目を決める際に柏DFと接触、それでバランスを崩して着地に失敗、左膝を捻り痛めてしまったのだ。歓喜の後、動けない石川の姿にスタジアムは騒然となった。

大きな犠牲を伴なう大勝だった。悦びと哀しみが交差する複雑な思いがした。しかしサッカーは続くのである。今季、東京は逞しく成長した。以前より逆境に強くなったと思う。これも城福監督の粘り強い指導があってこそだと思うけれど、今後、もし石川が不在になるとしても、さらなる逞しさを発揮してその苦難を乗り越え、質の高いよいサッカーをみせてほしい。

石川選手の一日も早い復帰を祈る。
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2009年10月10日

「或る音楽」 イメージと記憶のモザイク

友久陽志監督 『或る音楽』 (ユーロスペース渋谷)

「Tai Rei Tei Rio」をめぐって。

aru_ongaku.jpg高木正勝が森や海辺を歩く姿、彼の言葉、「Tai Rei Tei Rio」(過去記事)のリハーサル、そのコンサートの様子など、映像と音と言葉によるモザイク。去年のライヴを実際にみていると、あのときの興奮が静かに甦ってくる。

作品単体として、このドキュメンタリー映像にどれほどの価値があるのかはよく分からないけれど、あのライヴの復習としてみる限りにはとてもよい素材だと思った。暗闇の中、高木正勝の世界に浸ることができるし、すべてを忘れられる。そして毛穴から、あのときの記憶が静かに湧きあがってくる。眼前のモザイクと記憶のモザイクの交差。そこで生み出されるグルーヴが、意識を浮遊させ、わたしをどこか遠いところへ連れ出してくれるのだ。

実は、中沢さんとのトークイベントの日に本作を観ようとしたのだけれど、当日の夕刻、すでに満席で中に入ることができなかった。聞くところによると、その日は予約のために朝から並ぶ人もいたという。で、そのかわりというわけではないけれど、この日、客席にヤドランカさんをみつけ、その幸運に気分が盛り上がった。彼女はとても目立っていた。帰宅後、ネットで彼女やほかのメンバーのプロフィールをチェックしたり、ライヴスケジュールをみてみたり。なにもかもが興味深く思える夏の夜であった。
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2009年10月09日

帰国 #2

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昨日、また帰国した。

*****

10月1日(木) 晴れ?

未明に起きてCLをライヴで観ながら仕度にとりかかる。で、地下鉄、バスと乗り継ぎ空港へ。チェックインをすませ、ちょっとだけラウンジに立ち寄って搭乗しようとすると、ビジネスにアップグレードしますとのささやきをうける。まんざらでもない。が、気分はやや抑鬱的な感じ。

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到着。荷受け。タクシーにてホテルまで。途中、またもや渋滞に巻き込まれる。

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ホテルにチェックイン。ここはほぼ常宿化しているプチホテルである。が、部屋が最悪。で、フロントの女性に交渉したら運よく最上階へ案内された。さっそく部屋を移り、窓を開けて空を眺める。欧州ではいろいろと交渉事が多い。とくに日本人は主張がないからという思惑もあるのだろう、このようなケースがままある。でも結果オーライ。軽く荷解きをしたあと、鼻歌を歌いだしそうな勢いで外に出て、オペラ付近を歩いた。途中、日本企業が営む某店がこの日オープンを果たしていて、その盛況ぶりに驚く。で、百貨店を軽く覗いたあと、親子丼とビール。そして入浴。うだうだの後、就寝。

*****

10月2日(金) 晴れ

朝、現場に向かう。すると、初対面の現地スタッフと対面。挨拶を交わし、まずこちらから名乗り、握手をする。さらに名刺を渡す。が、彼女はついに名乗らず...その後、本国社長とマダムが合流。挨拶を交わす。笑顔。終日業務。で、夕刻にシャンパンが一杯ずつ振る舞われる。終了前、彼女が先に帰るが、オーナー夫妻と挨拶を交わし、こちらには一瞥もせずそのまま行ってしまう。その後、入場手続きをしてくれた女性が近くを通りかかったのけれど、すれ違うときに微笑みかけてくれたにもかかわらず、その直前に視線を逸らした自分がいた。彼女はヘザー・グラハムを少し小柄にしたような風貌で、からから明るく笑い、身振りがやや大きく、弾むように歩く素敵な女性なのであった。がっかり。

退場前、例のフリーランスも合流し、ディナーへ。フリーランス、新しいアシスタントという女性と同行していたのだけれど、なんとなく、彼女とはなにもなさそう。で、ディナー、手違いもありメインで生肉(タルタル)食べるはめに。でも、おいしくたべることができた。

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10月3日(土) 晴れ

朝、まず彼女と挨拶を交わし、彼女の靴を褒める。終日業務。といっても、それほど忙しくもなく。夕刻にシャンパン。その後、彼女と「チャオ」の交換。時を同じくしてヘザー・グラハムも通りかかるが、素通り。

夜、前日のタルタルがもたれたこともあり、ラーメンと半チャーハンですます。麺が酷い。当初は、昨晩とは別の日本料理店、たとえばうどん屋で軽く食事をとろうと思ったのだけれど、長い行列に辟易し、で、妥協して歩き回った挙句に昨日と同じ料理店に舞い戻ってしまったのだ。ちなみに、この界隈に点在する日本料理店の客の半数以上は日本人ではなく、現地に住む人たちなので、時代も変わったなあなんて思う。

部屋に戻ったのち、体調を崩す。21時すぎから腹を壊す。私の内部のすべてが決壊した。で、断続的な発作に見舞われ、朝まで、ろくに眠れず。

*****

10月4日(日) 曇り時々晴れ

朝、なにも食べずに出勤。およそ12時間かけて排泄し尽くしたので、たぶん、胃腸にはなにも残ってない。でも、意地で立ち仕事をこなした。昼も、食べにいく振りだけして抜く。胃腸を休ませつつ、復調を図りつつ。誰にも気づかれないように。

午後、美女が訪れ、なにやら現地語でまくしたてる。英語でお願いします、と我々。で、説明を聞くと、仕事を探しているという。卒業後、見習いとして雇われ経験を積んできたけれど、正規にキャリアをスタートさせたいので求職しているというのだ。ひと通り話し終えた彼女はマダムにレジュメを渡し、丁寧に挨拶をして我々の場所を去っていった。僕は、よき時代の女優のような容姿の女性と握手ができたことがただ嬉しく、こちらで彼女と一緒に働く状況などを夢想。この様子を離れたところから眺めていた社長も、ベッラ、ベッラ、アンディアーモなど、まんざらでもない様子で、マダムはこの阿呆な男たちに呆れて笑っていた。展示会場にて求職活動。なかなかたいへんだと思うけれど、彼女であればすぐに仕事がみつかると予想。その後、業務を継続し、夕刻のシャンパンにて体調をみる。早くも復活の兆し。

夜、懲りずにラーメンと餃子。ほんとうはうどん、あるいは中国粥を食べたかったのだけれど、そこも長蛇の列、または店休で諦めざるをえなかった。もちろん、用心のために昨晩とは別の料理店で食べる。しかし麺が酷い。

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その後、路地を歩き、口直しにバール。ここが大当たりだった。路地裏で、こざっぱりしていて、バーカウンターにはやや薄めのジョージ・クルーニーがおり、そして常連客と思われる女性とほどよい距離で言葉を交わしていて、で、その声がまたよいのだ。英語も話せるし、BGMのジャズも、たとえばジャイルス・ピータースンの仏版みたいでとてもよかった。ちょっと亜流で、しかしムードがあり、店と路地に馴染みつつ独特の空気を醸し出している。で、タイムサービスのモヒート(これがまた少し亜流で、少し赤ワインが入っていたのだろうか、ぎゅっとしててたいへんにうまかった!)を呑み、町田康を読み、ゆらゆらして、そしてホテルへ。軽い食事もとれるようなので、次回、機会があったらここで夕食をとりたい。

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10月5日(月) 雨のち曇り。

朝一で別の展示会場をまわる。で、幾人かの知人、友人、取引先に会って言葉を交わす。昔、取引していた先の男は今や経営者で、彼に生後四ヶ月になる長男の画像を見せつけられ、予想外に時が過ぎる。親馬鹿に国境はないのだ。次回はディナーでも、とかまた言われて。画像、みてよかった。

昼前、職場に戻り、その後、業務。この日は最終日。なので、皆で後片付け。また彼女が少し先に帰るのだけれど、そのとき、「Ciao, Ken」と初めて名前を呼ばれる。あとでメール送るから、みたいな言葉も掛けてもらえた。ここまで四日かかった。その少しあと、例のヘザー・グラハムが通りかかり、微笑を交わす。

夜、この日は通りすがりのビストロに。外観が渋く、かつメニューにそそられてしまったのだ。が、案内されるまま店内奥に進むと中はガラガラ。自分以外は客が一組のみ。嫌な予感が脳裏によぎる。で、その後はすべてを現地語で進め、いろいろあり、食後にあっさり会計をたのむと、いろいろあって申し訳なかったのでデザートかドリンクをサービスします、みたいなことを現地語でたぶん言われたのだろう、で、「un cafe」と応えた。こんな異国人にも馬鹿丁寧で、生きていくのはいろいろたいへんなのだということを、ふと思い返した。

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10月6日(火) 雨のち曇り

この日はフリー。だが、またもやこの日が火曜であることに気づき、落胆。美術館、やってないじゃないか。念のためルーブルに向かうが案の定休みで、途方にくれる。で、思い直し、ぶらぶら歩きながら、小売店をリサーチしたりしつつ、昼、毎度立ち寄る界隈にてランチ。と、そこに友人とそのアシスタントが!で、合流して共に食事をとる。世間って狭いなあとつくづく思う。

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食後、ひとりでショップを巡る。かなり歩き回る。地下鉄もつかう。で、夕刻、買い物をしたらスイッチが入り、二時間あまりでいろいろ買い込む。

夜は例のビストロへ。ここは一人飯には完璧な店だと思う。高いのでそうしょっちゅうは行けないけれど、まず食事がうまい。ワインがうまい。で、ビオ系である。客層もよく、店の前方にはまるいバーカウンターがあるのだけれど、そこで飾らぬ常連客がああだこうだいいながらグラスで様々なワインを試している。まさに仏版『サイドウェイ』の世界。いつの日か、あのカウンターで彼らと一緒に呑めるようになりたい。

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10月7日(水) 曇り

起床後、荷造り。朝食。チェックアウト。その後、タクシーにて空港へ。途中、渋滞やらなにやら。

カウンターにてチェックイン。なにかと時間がかかる。その後、ラウンジでシャンパン。日本語に飢えているのだろうか、そこで新聞を二部抜く。で、搭乗。

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10月8日(木) 台風(?)のち晴れ

最後の一時間、機体がよく揺れた。荷受け、通関後、茶漬けを食べ、バス、地下鉄を乗り継ぎ我が部屋へ。洗濯。その他もろもろ。

出張に出るときはやや抑鬱的になったりするのだけれど、いざ向こうに行くと、いつの間にかすっかり気持ちが切り替わって、のびのびしている。あちらは人間関係がシンプルでよい。挨拶も普通にあるし、知らぬ同士でも笑顔で言葉を交わすことができる。通りすがりの客と微笑みあうこともしばしば。で、知らぬうちに自分の表情が和らいでいる。帰国を忘れそうになる。

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帰宅後、近くでゴーヤー・チャンプル定食。夜は自宅でパスタ。明日は、代休をとって会社を休むことにした。

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読了本: 『権現の踊り子』

機内の映画: 『Whatever Works』、『My Sister's Keeper』

英語か聞き取れないと、ウディ・アレンはつらい。地味な作品だったけれど、日本公開は大丈夫だろうか。
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2009年09月22日

帰国

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昨日、帰国。

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9月14日(月) 晴れ

いつもより少し早めに起床し、仕度。地下鉄、バスを乗り継いで空港へと向かう。が、なぜか気分はいまひとつ。数件のメール。うまくない蕎麦。出国。搭乗。今回は日航の直行便をつかう。機内で新聞を広げると、一面に日航資本提携の記事が。で、機内食も下落。

夕刻、空港着。タクシーにて市内のホテルへ。チェックイン。軽く荷解き。散歩がてら食事する場所を探すが、気分がやや抑鬱ぎみなせいかどこにも入る気がせず。結局、ホテルのさえないレストランでリゾット。味はまずまず。しかし赤のグラスワインは水のよう。で、部屋に戻り、入浴。その後、少しだらだらしてから就寝。

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9月15日(火) 雨

この日はリサーチと称して市内を歩き回る。が、あいにくの雨で足元はずぶ濡れ。でも歩き続ける。しかしこれといって面白いものもみつからず、おまけに取引先から携帯にたびたび連絡が入ったりで、しばしば立ち往生。ふたつの手で、傘と、バッグと、携帯と。

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ランチは水辺のピッツェリアで。その後、地下鉄にて移動。例のバールで白ワインをいただく。バールと太宰治のコントラスト。この店、仕組みがやはり面白くて、最初にカウンターで「ヴィーノ・ビアンコ」っていうと手際よくそれがでてきて、グラスを手にとりそのまま好きな場所でそれをいただくのだけれど、その間、金銭、伝票類のやりとりが無い。で、帰り際に会計用のカウンターにおもむき、「ヴィーノ・ビアンコ」って言って会計を済ますのだけれども、これもあくまで自己申告で、この曖昧さが心地よい。ワインも美味。でも、グラスで去年の5ユーロから7ユーロに。

夕食はいつものところで。スパゲティ・ポモドーロとズッキーニをソテーしてオイルまみれにたやつをいただく。味はまずまず。赤ワインはグラスで。これもまずまず。

*****

9月16日(水) 雨のち曇り

朝、まずブースで皆に挨拶。こちらでは、皆が普通に挨拶するので気分がよい。現地語も上達していると褒めてもらえた。まだ挨拶だけなのだけれど。午前はPCをつかって準備作業。軽食後、ゆらゆら。プロセッコで乾杯。

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三時過ぎ、会場を後にして別会場へ。古い邸宅をつかったスペシャル・プレゼンテーションなのだが、効果はいまひとつ。しばらくそこに留まり、社長に挨拶して退散。

会社から来ているほかの人たちと、例のフリーランスと合流して夕食。会社の人といると、リストランテが居酒屋のように感じられる。晩、寝付けず。

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9月17日(木) 雨のち曇り

終日、ブース内、その周辺の会場内ですごす。午前はひま。午後に二件の業務。で、あっという間に夕刻、挨拶をして、退散。その間、うまいプロセッコを二杯。

退散時、フリーランス合流。そのまま夕食に誘われ、フリットとパスタ。その後、ジェラート。で、食事中にフリーランスから意表を突く提案を受ける。ただ、その内容は驚嘆するものではなく、これまで自分で夢想していたものと同じであり、それを彼の提案というかたちで受けたことに意表を突かれてしまった。思惑の交差。ピンチはチャンス。チャンスはピンチ。

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9月18日(金) 晴れ

じつは、昔の取引先がこの展示会に復帰していた。社長自らがオーダーをとり、シートに書き込んでいて、その姿が強く印象に残る。あと、10年ほど前まで属していた会社の社長夫妻と出くわす。因縁。この日は終日ひま。ひま疲れ。

夕刻、そろそろ退散しようかなあなんて思っているところに、表彰のニュースが。で、皆で受賞を祝う打ち上げが始まる。その間、プロセッコを三杯。昼間はエミリオにそそのかされて二杯。計五杯。エミリオは、プロセッコを呑みたいときに必ず僕を道連れにする。僕が断らないことをもう見抜いているのだ。つくづく駄目な男である。

夕食はホテル近くのピッツェリアで軽く。夜間、部屋で業務。

*****

9月19日(土) 曇り

業務最終日。午前まとめ。午後、書類を渡して軽くミーティング。その間、プロセッコを四杯。

夕刻、またフリーランスが合流して、夕食に誘われ、食べて、呑んで、また例の提案について話す。肉屋で肉とドイツビール。どちらも美味。フリーランスもたいへんなご時世なのだと思われる。さて、どうしようか。

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9月20日(日) 晴れ

荷造り、朝食、チェックアウト。タクシーにて空港まで向かう。道中、いつのまにか気分が晴れている自分に気づく。運転手が親日家らしく、会話するときの声もやや弾んでいるように感じられる。この仕事に携わってもう三年目なのだけれど、取引先と確かな信頼関係を築けてなによりそれが嬉しい。ある時を境に、フリーランスの態度も豹変した。仕事の質、姿勢がなにより大切なのだとこの三年で確信した。忌野清志郎。遠い遠い国だけれども、自分の仕事を必要としてくれる人たちがここにいるのだ。

ヒースローにて乗り継ぎ。で、空港内のパブ的な店でサッカーをタダ見。なんと、マンチェスター・ダービーを中継していたのだ。僕以外にも、多数の馬鹿がなにも注文せず店内で立ち見している。が、店員もそれをあたりまえのことのように受け入れていて、これはよい姿勢だと感心した。で、さすが本場、シュートがわずかに外れるときのリアクションはまるでスタジアムのよう。場がじわじわ盛り上がってゆく。ユナイテッド、シティ、それぞれ一度ずつゴールシーンをみたけれど、シティの方が盛り上がった。うなだれるリオの姿にまた盛り上がったり。ここで僕はビールを注文。しかしその直後にユナイテッドが勝ち越し、場が「ちぇっ」って感じになってすぐに試合が終わり、人がぞろぞろと店から出てゆく。しかし、ビールは美味であった。

搭乗。爆睡。入国。メール。帰宅。荷解き。洗濯。近くの蕎麦屋で秋茄子と新生姜の揚げ出し、穴子天せいろ、日本酒を二杯いただく。せいろはおかわりを一枚。で、いつもと同じ分量であった。

*****

機内で観た映画: 「ハゲタカ」、「俺達に明日は無い」

「俺達…」は途中で切られる。「ハゲタカ」は本が練られていて面白いと思えるけれど、画が寂しく、展開も忙しいのであくまでもTVドラマ向けだと思う。

読了本: 「汚穢と禁忌」
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2009年09月13日

「富嶽百景」 純粋の美とはなにものか

太宰治著 『富嶽百景・走れメロス』 (岩波文庫)

芸術が私を欺いたのか。私が芸術を欺いたのか。結論。芸術は、私である。(p.238)

fugaku02.jpg太宰治を読むのはおよそ四半世紀ぶり。久しぶりに読んでみたけれど、あの頃と同じような心持ちで読むことができて、それが新鮮に感じられてよかった。

流れるような、柔らかな文章の中に、思わずはっとさせられるフレーズがある。短篇集なのだけれど、その並びもよい(あとで確認してみたら、時系列に並んでいただけだったのだけれど)。いろいろな文体のヴァリエーションもあって、しかしそのどれもが太宰治らしく感じられ、つくづく言葉の扱いのうまい人だなと思った。

十代の頃、本ばかり読むと馬鹿になると思っていたので読書はしなかったけれど、それでもいくらかの小説を読み、あの頃は、たしか太宰治を好んでいたと記憶している。当時、彼の小説のなにがよかったのだろう、思い返してみると、やはり心地よい言葉の流れと、それになにより、彼の創造に対する真摯な姿勢にうたれたのだと思う。全身全霊をかけて、芸術に身体ごとぶつかってゆくその態度に共鳴していたのだ。

美しさに、内容なんてあってたまるものか。純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ。(p.108)

しかし純粋に美を求める存在をこの世がゆるすわけはなく、彼もまた瀕死のまま作家活動を続けなければならなかった。絶望の中、海に身を投げ、首を括り、それでも死ねずに七転八倒。いったい純粋の美とはなにものなのか。それにしても、この世はなんて滑稽で哀しい成り立ちをしているのだろう、と想いをめぐらせながら、窓から遠い西の空を眺めた。

人は、いつも、こう考えたり、そう思ったりして行路を選んでいるものではないからであろう。多くの場合、人は、いつのまにか、ちがう野原を歩いている。(p.236)
posted by Ken-U at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする