2008年12月31日

忘年x6

08122801.jpg

12月某日(火) 晴れ

僕が主催する販売スタッフとの忘年会も二回目を迎えた。いまの会社はたいへんにケチで、販売スタッフにカネをつかおうとはしないので、僕はできるだけ自腹を切って彼女たちのケアをするようにしている。彼女たちは、いま、僕の唯一の同僚であるといってもいいのだから、僕は自腹を切り、その痛みを肌身に感じる必要がある。スタッフの総勢は六名(もう一名は欠員のまま)。うち一名は契約社員、その他は派遣社員である。派遣にもいろいろとある。

今年は、Sさんが抜けたことをのぞくと脱落者もなく、去年欠席した人も加わり(これで出席率100%)、あと、直接には関係のない人二名が飛び入りしたこともあって、僕を含めて九名とにぎやかな会となった。会場は、飛び入りメンバーの顔がきく店だということで、この店であれば自腹を切ったとしても傷が浅くてすむだろう、というある参加者の配慮があった。たいへんありがたいことだと思う。でも、最後は忘年会だかなんの会だかわからない感じで終了する。でも、まあいいかと思った。けっこう酔う。

*****

12月22日(月) 晴れ

小さな一軒家を改装した飲み屋が会社の近くにある。そこで会社の若いデザイナーたちと忘年会を開いた。総勢四名が二階の座敷でわいわいとやった。ここは料理を真面目につくっていて、日本酒の品揃えにも力を入れている。いい店だと思う。ここは会費制にして、彼らにも少し負担してもらった。来年は、このメンバーでちゃんこを食する予定。関西人もひとりいることだし、次回はもっとトークをがんばろうと思った。

*****

12月23日(火) 晴れ

約半年振りの再会。そして忘年。出会ったときは皆20代だったのに、彼女たちももういわゆるアラフォーである。店はオーストラリア系キュイジーヌ。予想が難しかったが料理はどれもおいしかった。会話もはずみ、とにかく愉快な会であった。で、気づくと深夜一時前。あわてて見送り、徒歩にて帰宅。火照った頬に夜風が心地よかった。

*****

12月26日(金) 晴れ

昼。一年以上ぶりに彼女と再会する。国内出張の際、商談中に彼女の社名が出て、ふと思い出してしまったのだ。で、ふたりでランチ忘年会を開く。でも、銀座のわりには辺鄙な店を指名される。ほんと、この人は自分で誘うくせしていつも僕を冷遇するたいそう意地の悪い女なのだ。でも、訊くと、いろいろたいへんだという。上司が若い女の子を雇い入れ、彼女に辛く当たっているらしいのだ。あと、景気の話もした。市況の煽りを受け、彼女も商品のエントリープライスを見直したそうだ。いくらくらい、と訊いたら、下げて28万かな、と答えた。別世界を感じる。

夜。会社の納会的なものを終えて移動。いつもの店で忘年会を開いた。がしかし、日が悪かったのか欠席、ドタキャンが相次ぎわずか三名による小さな会となった。ここのところ、三十路も後半に入って色情に狂い不倫デビューを果たす人や、彼氏ができたとかなんとかで音信不通になる人、結婚を機に国外脱出する人など、この会のメンバーも激変している。Kくんが、もともとKen-Uさんが女たちに囲まれるっていう会でしたよね、といい、ああそうだったね、と答えた。で、いつものように長居。帰宅したら朝の4時過ぎだった。

*****

12月27日(土) 晴れ

近所の蕎麦屋でひとり忘年。ここは僕がひとりで飲む唯一の場所で、とにかく料理が旨い。なので、店ができた頃から度々かよっている。名前も憶えられ、ひょっとするとやや常連価格なのかも。ほどよく食らい、酔う。そして軽く挨拶。来年につなぐ。本年はこれにて締める。

*****

今年ももうすぐ終わる。今年もいろいろあったけれど、来年もまたいろいろあると思う。
posted by Ken-U at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「マシュー・バーニー:拘束ナシ」 創造的跳躍と負荷の関係

アリソン・チャーニック監督 『マシュー・バーニー:拘束ナシ』 (ライズX)

原題:『MATTHEW BARNEY : NO RESTRAINT』

映画『拘束のドローイング9』(過去記事)の舞台裏。及び、マシュー・バーニーのプロファイル。

no_restraint00.jpg「拘束」とは創造に不可欠な抵抗力であるというマシュー・バーニーの思考は、かつてアスリートであった彼自身の経験に基づいている。負荷をかけたトレーニングにより筋力や技術力が向上するように、拘束に対する反発によって芸術的創造性が増すというのだ。本作を通して、そうした彼の創造に対する基本姿勢を再認識することができ、とても興味深く感じた。実際、デビュー当時の作品からこれまで、彼は一貫して自分の身体を拘束させつつ、その負荷に反発するように自身の作品を創作し続けている。あるいは、その創作行為自体を映像に収め、その過程を作品化しているのだ。

しかし面白いのは、これまで彼が創作した作品群と、彼のいわゆる「体育会系」的な創造のアプローチの間に距離、あるいはある種の断絶があるところで、実際、彼が創作するオブジェクトや『拘束のドローイング9』のような映像作品から彼の創作姿勢を見通すことは困難だと思える。この距離、あるいは断絶を生み出すためにはある種の創造的跳躍が必要になるのだと思うけれども、その跳躍に一役買っているのがワセリンで、しかしこのワセリンがなぜ彼の創作の中で重要な媒介役を果たしているのか、その理由は謎に包まれている。とにかく、彼は子供のころから好んでこのワセリンをつかって創作をしていて、実際、彼はデビューの際にもこのワセリンをつかったオブジェクトを発表しているのだ(ワセリン製のダンベルというオブジェクトの中に彼のすべてが凝縮されているのかもしれない)。

とにかく、分析的にマシュー・バーニーの創作背景を眺めてみても答えを見い出すことは不可能なのだ。今ここでいえることは、そこには創造的跳躍があるということと、その跳躍力が観る者の心を揺さぶるという事実である。もし、その跳躍力が強い負荷を乗り越えることによって得られているのだとしたら、私がこの世で最も嫌悪する負荷(ストレス)もまんざらではないと認めざるをえない。つまり、発想の転換である。負荷と創造の関係を見つめ直し、応用して、自分の将来に役立てることができればと思う。
posted by Ken-U at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

「僕らのミライへ逆回転」 創造の可能性と人間の幸福について

ミシェル・ゴンドリー監督 『僕らのミライへ逆回転』 (シネマライズ渋谷)

原題 『Be Kind Rewind』

閉鎖の危機に瀕する小さなレンタルビデオ店。ある日、妄想癖のある男が押しかけてきて店に致命的なダメージを与える。店内にあるすべてのVHSから映像が消失してしまったのだ。

be_kind_rewind00.jpgミシェル・ゴンドリーとはいえ、ベタな喜劇なら見送ろう。なんて思っていたのだけれど、でも思い直してよかった。前半は、映画でこれほど笑うのは久しぶりだなと思うほどげらげら笑い、やがてしんみりきて、最後には思わずほろりとしてしまった。その演出のトーンが見事に切り替えられいて、ふと気づくと作品世界の流れに我が身をまかせている。それが心地よかった。さらに本作には、モノをつくる行為へのオマージュが籠められているというか、人間の創造性が人々を幸せにしていく過程がきめ細かく描かれていて、その様子を眺めるこちら側までもが不思議な幸福感に包まれていく。つまり、二時間弱のあいだに心の中の様々な感情が刺激され、意識のどこかしらがよみがえるというか、活性化されてしまうのだ。

そのレンタルビデオ店は、近代建築物の隅にへばりつくように建てられている。どうにかぎりぎりのところに踏みとどまっている、その在り方もよかった。しかし、偽善者たちはいかにも偽善的に立ち振る舞い、その圧倒的な力で映画を踏み潰して、この小さな店を消し去り、この世のすべてを平坦に均そうとする。悲劇である。げらげらと笑ってしまったけれど、この話には哀しい側面がほかにもいろいろとある。だから喜劇的でありながら、どこか哀しいのだ。という意味で、本作は、悲喜劇的な成り立ちをしているこの世界をうまく表現できていると思う。それでも嘘と妄想の力をもってすれば、それをかたちにする能力を磨き、情熱を持つことができてさえいれば、均質に向かおうとするこの世界のあちらこちらに特異点をつくることはできる。人にそう思い込ませるだけの力がこの作品には籠められている。
posted by Ken-U at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天皇杯2008 終焉

第88回天皇杯全日本サッカー選手権大会 (自宅にて)

準決勝 FC東京 vs 柏レイソル

fctokyo08122902.jpg終わった。しかも、リーグ最終節と同様、まさかの逆転負け。先制し、その後も幾度となく決定的なチャンスをつくりながら、それをものにすることができなかった。完敗である。TVで試合を眺めつつ、やっぱり国立に行くべきなのかなあ、なんて、前夜のお笑い番組との兼ねあいを考えつついろいろ皮算用していたら、あっけなく試合をひっくり返され、落胆。もう情けないことこのうえない。それにしても、フランサと李のあの素晴らしいゴールはいったいなんだったのだろう。なにもこの試合であんなプレーをみせてくれなくてもいいのに。とはいえ、勝利者である柏には素直に拍手を送りたい。

でも、悲観することはない。鈴木の先制ゴールはスーパーだったし、そもそもこの試合で東京がみせたサッカーの質は、それほど悪くはなかったのだから。大切なのは、これからなのだ。

***

準々決勝 FC東京 vs 清水エスパルス

出張中、TVのニュースで結果をみていたので、それほど興奮することはなかった。とにかく、赤嶺様々である。できることなら、彼には来季も東京でプレーしてほしい。その方が、プレーの幅が広がって彼自身にもプラスになると思う。まあ、これは僕の身勝手な考えにすぎないのだけれども。

*****

準決勝で負けはした。けれど、なにごとも経験。勝負事だから、勝ったり負けたりするのはあたりまえなのである。ただ、勝負がどちらに転んだとしても、それを財産にして未来につなげてほしい。とくに、今野にはもっとがんばってもらいたい。彼にはさらなるボールの展開力が必要だと思う。クラブでも、代表でも、そのスキルが大事になる。

今年はこれで終わってしまうけれど、来年も味スタ通いは続く。来季は、もっと興奮したい。わくわくさせてほしい
posted by Ken-U at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月29日

「ニシノユキヒコの恋と冒険」 ニシノユキヒコは存在しない

川上弘美著 『ニシノユキヒコの恋と冒険』 (新潮文庫)

十人の女たちが、ニシノユキヒコを回想する。

nishinoyukihiko01.jpg気分転換がしたくなり、女性の小説で軽く読めるものをと思い購入した。が、考えが甘かった。このタイトルの軽さにすっかり騙されてしまったのだ。冒頭、女がふとニシノのことを思い出し、するとニシノがすぐ傍にいるような気がしてきて、その気配に動揺する間にこの世ともあの世ともつかない不気味な領域へと意識をシフトさせていくのだけれど、その描写にぞくぞくしてしまい、気づくと作品世界の深みにずっぽりはまっていた。はまりながら、これは川上弘美によるある種の寝技ではないか、みたいなことを思った。絡めとられてしまうと、もう抜け出すことができないのだ。

十人の女たちが、ニシノユキヒコなる存在を、彼との恋愛を思い起こす。読み手は、それぞれの記憶を組み合わせつつ脳裏でニシノの像をかたちづくっていくのだけれども、その輪郭はいつまでも霞んだままではっきりとはしない。それはどこか掴みどころのないニシノの性格のせいなのか、それとも恋愛というあるんだかないんだかはっきりとしないふわふわとした概念のせいなのか、よくわからない。ただ、この世とは確かにそういう成り立ちをしているんだよなあ、と漠然と思う。恋愛という人間の心の揺らぎが、ニシノユキヒコという存在を曖昧にし、ついには彼をこの世から消し去ってしまう。とても残酷な話なのだけれど甘美なところもあり、その複雑な味わいに魅了された。
posted by Ken-U at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

El Clasico + CL x 3 + Premier League

リーガ・エスパニョーラ 第15節

バルセロナ vs R.マドリー

barcelona08121300.jpgこれほど実力差の感じられるクラシコもなかった。たとえ不調であるとしても、この大一番のために馬鹿力を発揮するのがバルサであり、マドリーだったのである。しかしそれも過去の話、ということなのかもしれない。というのも、この試合におけるマドリーは防戦一方、というか意図的に守備を固め、バルサに対する侵攻をみずから放棄していたのである。かつては、R.マドリーといえば、サッカーにおける天下統一、この世界を「白」で覆い尽くすことを目指す征服者であったはずなのに。盛者必衰。かわればかわるものである。

エトオがやってくれるんじゃないか。そう思いながら観ていたら、やっぱりそうなったので興奮した。いつもより少し地味目にプレーしていたのがよかったと思う。それまではどちらかというと、メッシやアンリの方が目立っていたのだけれど、おいしいところはやっぱりこのひとが持っていくのである。それにもちろん、プジョルのあの、エトオに向かって「獲れ」といわんばかりのヘディングによる落としもよかった。さらに後半ロスタイムには、メッシがとどめを刺し、カンプノウは狂喜乱舞の騒ぎとなる。とにかく、今季のバルサは強い。あの頃のしなやかさには欠けるが、いまのチームには鋼のような強靭さが加わっている。

***

リーガ・エスパニョーラ 第16節

ビジャレアル vs バルセロナ

好みのチーム同士の対決。ただ、お疲れモードに陥っている最近のビジャレアルは少し残念に思える。実際、この試合のビジャレアルもいまひとつぴりっとしなかった。でも、いまのバルサ相手に先制するところはさすがだと思う。それにしても、今季のバルサは強い。

***

リーガ・エスパニョーラ 第14節

バルセロナ vs ヴァレンシア

贅沢をいえば、バルサには危うさが欲しいところだ。サッカーの繊細さというかなんというか。とにかく、いまのバルサは問答無用に強い。この試合も、調子を取り戻しつつあるヴァレンシアの勢いをものともせず、圧勝した。

*****

UEFA CHAMPIONS LEAGUE グループリーグ 第6節

今季のグループリーグ最終節には、はらはら感が欠けていたと思う。

***

ブレーメン vs インテル
ブレーメンが意地をみせた。UEFAカップでもがんばってほしい。

***

ローマ vs ボルドー
ボルドーに期待したが、彼らは消極的で、それで自滅したと思う。

***

R.マドリー vs ゼニト
ゼニトには意地をみせて欲しかったが、駄目だった。アルシャビンは移籍?

*****

イングランド・プレミアリーグ 第17節

アーセナル vs リバプール

不調のアーセナルも、強豪を相手にすると意地をみせる。この試合もどちらかというと劣勢だったが、結果、引き分けで少しほっとした。とはいえ、セスクの怪我は痛い。フラミニの不在がまだ尾を引いているというのに。ヴェンゲルにとっては中盤の建て直しが急務となる。

*****

たぶん、ほかにもプレミアの試合をいくつか観たと思う。
posted by Ken-U at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月27日

「映像と目に見えない存在」 人馬一体のイメージ、映像、映画とは何か

21世紀文化論『映像と目に見えない存在 image and invisible』 (芸術人類学研究所)

出演:高木正勝、大淵靖子、中沢新一

homicevalo00.jpg冒頭で『Homicevalo(ホミチェヴァロ)』の上映。その後、鼎談の中で、その製作の背景、撮影時のエピソードなどが披露された。『Tai Rei Tei Rio』(過去記事)のときは少しだけ遅刻してしまい、この作品の冒頭数分を見逃していたので、ここで見直すことができてなによりそれがよかった。

人馬が一体となる。人と馬の身体が融け合いひと塊の光となってゆく様子に、神話「馬娘婚姻譚」のイメージが重ねられる。ほぼ無声の映像なのだけれど、冒頭の数ショットを観るうちから、この作品はある種の映画なのだと感じた。実際、その後の鼎談の中で、中沢さんと高木さんの口からこれは映画である、という言葉が出て、大いに納得すると同時に、映画とは何かという『狩猟と編み籠』(過去記事)に繋がる問いが、頭の中をめぐった。さらに、馬とはいったいなにものなのだろう、という疑問も再び湧きあがってきて、つまり、この『Homicevalo』は多くの刺激を与えてくれるよい作品だと感じた。

その後、『NIHITI』、『Lava』、『Tidal』が上映された。『NIHITI』の鑑賞もこれが2回目だったけれど、暴力と恍惚が入り乱れるあの摩訶不思議な映像世界にすっかり魅了されてしまった。人は、内面に抱える暴力の衝動とどう向き合っていけばいいのだろう。そして最後、これは高木正勝と直接関係しているわけではないのだけれど、芸術人類学研究所のお薦めである『Zingaro』の映像もとてもよかったので(残念ながら、ここではメディアの不調によりほんの少しの映像しか観ることができなかった)、できれば年明けのライヴを観にいきたいと思う。それもこれも含めて、予想以上に収穫の多い企画だった。

前回の『表現の新しい可能性』(過去記事)から始まる、中沢、高木両氏の蜜月はこれからも続きそうだ。来年は、ふたりのやりとりの中からさらにアクロバティックな企画が飛び出してくるかもしれない。期待は膨らむ一方である。
posted by Ken-U at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術人類学(中沢新一) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

旅 #2

08122001.jpg

11月19日(金) 夜、曇り、雨の跡か?

帰宅は夜11時過ぎ。すぐに着替えて、土産を渡し、いろいろと話しをして、風呂。土産の焼酎がうまい。また話し。近所にやくざが引っ越してきたらしい。それも二軒も。気づくと深夜3時。就寝。

08122003.jpg

*****

11月20日(土) 晴れのち曇り

起床。昼食。土産のさつま揚げも少々。留守番。散歩。

08122005.jpg

駅と県庁を結ぶ中央大通りを歩く。前回(過去記事)よりさらにシャッターが目立つ。ゴーストタウン。商店が死に絶えている。県庁の脇にあるおすすめの遊歩道に入ってみるが、すでに日暮れで暗い。見通しが悪く、烏の声ばかりが響く。それでも歩き続ける。死に絶える商店と、天高くそそり立つ県庁の新庁舎。そのコントラスト。風景のすがすがしさと絶望感が入り乱れる。

08122007.jpg

中央大通りに戻る。すると、イルミネーションがゴーストタウンをきらきらと彩っている。

帰宅。すぐに夕食。少しだけ焼酎。話し。風呂。話し。母が言うには、ガンバ大阪がとてもよかったらしい。来春、スタジアムに行きたいというので鳥栖を勧める。雨が降り始める。就寝。結局、叔父の話題は出せなかった。

*****

11月21日(日) 雨

起床。昼食。話し。ネットであの焼酎を探すと約束する。徒歩。バス。空港。時間はいつもぎりぎり。

*****

仕事で地方を回り、会社人ではなく、商売人とやりとりをしてみて、得るものがあった。取り引きがすでに決まっている1件以外はアポなしの飛び込み営業だったにもかかわらず、皆よく話を聞いてくれた。で、つい調子にのって長々と話し、大型小売店の悪口を言ったり、昔話に花を咲かせたりと、ビジネスの領域を少し踏み外して触れる情のようなものも感じられ、それがあとからじんと沁みたりして、それもよかった。死ぬためではなく、生き延びるための飛び込みもある、ということなのだろう。今後は地方との取り引きに力を入れたい。
posted by Ken-U at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅 #1

08121801.jpg

いまの仕事で初の国内出張。その記録。

*****

11月18日(木) 晴れのち曇り

朝。久しぶりの羽田であるせいか予測が甘く、出発15分弱前に空港に到着。すぐさま荷物を預け、そのまま搭乗する。

空港着。バスに乗り換え、市内を目指す。ここは父方の祖父の生まれ故郷なのだけれど、僕にとってはこれが初の訪問となる。窓から空を見あげる。雲の合間から光が射している。

市内に到着。キャリーケースとコートをロッカーに預け、街を歩く。歩きながら、昼食をどうするか、本日最大の案件について思いをめぐらす。牡蠣が食べたい。

商談をすます。が、予定よりずいぶん遅れてしまい、15時を少し回っている。愕然とする。だいたいの店はもう閉まっているのだ。ぐるぐると歩き回る。その末、しょうがないのでお好み焼きで手を打つ。その中に牡蠣も入れてもらう。あと、生ビールをつける。その後、徒歩にて原爆ドームへ。

08121802.jpg

古めかしい路線バスに乗り、駅へ。切符を買って新幹線に乗り込む。不眠。下車。徒歩。商談。徒歩。不況の波。街は寂れている。駅にて切符購入。乗り込む。そして到着。

08121803.jpg

現地の営業さんに連絡を入れるとすでに駅に向かっているという。で、携帯にて商談中に再会。その後、近くの居酒屋に連れ込まれる。そこで事務の女の子と再会。イカをはじめとする魚介中心のメニューがいろいろ。と、なぜか芋焼酎がハーフボトルで。ロック。酔う。

その後、ふらふらと地下鉄で移動し、ホテルにチェックイン。就寝。

*****

08121901.jpg

11月19日(金) 晴れ

起床。チェックアウト。フロントにキャリーケースを預け、出かける。徒歩。商談。徒歩。ホテルで荷物を受け取り、営業所であるマンションの一室まで移動。事務のコがひとり働いている。おしゃべり後、昼食は彼女のおすすめのうどん屋へ。ふたりで千円ちょっととつつましやかである。又、おしゃべりのあと、ひとり駅へ。切符を購入し列車。移動。眠れやしない。

08121902.jpg


08121904.jpg

到着。市電に乗り換え、市街へ。徒歩。地図を眺めながらぐるぐる。で、助けを借りて目的地を発見。商談。その後、いつもの美容師さんに教えてもらったラーメン屋へ。すると女将さんが近くの席に陣取る。創業は50年ほど前。蒲鉾屋に嫁いだのだが夫が若くして亡くなりいろいろ苦労した末ラーメン屋となる。いまではTVバラエティに出たりと人気なのだという。彼女が薦めるままに注文し、食べ、ビールを飲んで会計。人生、いろいろあると思う。

徒歩。市電を待つあいだ少ししんみりとする。不況の波に飲まれた元取引先の専務。彼女は、別れ際に「がんばってくださいね」と僕に繰り返した。駅。土産のさつま揚げを買い込む。あと、自分のぶんの揚げ立てと、芋焼酎と湯呑を買い足す。湯呑は構内のトイレですすぐ。すすいで洗い流す。

08121906.jpg

乗車。賞味期限が当日中の揚げ立てさつま揚げと、現地限定販売の芋焼酎をいただく。いかにもおっさんであるが、それでもいい。これがこの旅のご褒美なのである。最後は悦びで締めたっていいじゃないか。

08121907.jpg

生涯初の飛び込み営業は予想よりよい反応が得られた。何事も経験。つくづく、自分はアウェイ戦で燃えるのだなあと思った。そしてついでにマシュー・バーニーのことも思い起こした。人は、アウェイの経験を通して脳の成熟を進めるのである。私の旅は続く。
posted by Ken-U at 01:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

deep onsen +1

08121201.jpg

先週の金曜は代休をとり、三連休にした。

*****

08121202.jpg

11月12日(金) 晴れのち曇り時々雨

少し早起きをして都心から脱出。午後、鄙びた温泉町に到着した。その後、宿から一歩も出ることなく、温泉、夕食、温泉、就寝。国内の一人旅はこれで二度目だけれど、純粋に温泉を目的とするのはこれが初めてである。宿は、温泉、食事、地元の七福茶ともよかった。内湯はそう広くはなかったけれど、主たる浴槽のほかに、寝湯、打湯、腰湯、かぶり湯などと充実しており、満足した。湯は白濁で、強酸性。なんでも、五寸釘が約10日、コンクリートが約1ヶ月で溶けてなくなってしまうという。寝湯でゆらゆらとしながら、このまま溶けてしまいたい、と願うふりをした。食事には冷酒を一瓶(二合)つけた。

*****

08121209.jpg

11月13日(土) 曇りのち翌未明から雨

朝風呂、朝食、それから少しぐだぐだ。その後、会計を済ませ、バス停を通り過ぎてその先にある神社へ。お参りをしてから、生けるものを皆殺しにしたという石を見にいく。それはこの世の果てのような場所にある。河原沿いには地蔵の群れ。

帰宅。身体からまだ硫黄の香りがする。散髪、紅茶、パン、洗濯。

08121401.jpg

夜、いそいそと出かける。友人の友人が手掛けるパーティーが都内某所にて。会場を見渡すと、すでに多国籍の男女が入り乱れてわいわいとしている。鄙びた温泉町から都内おしゃれスポットへ。その振幅をつなぐのは時空を超えたロック・スピリッツであった。この日のゲストDJは、珍しくロックをメインにつなぐスタイルを持ち、みずからヴォーカルもとった。が、東京にはもうひとつあわないのかな。その中でも、最も興奮したのはやはりポールダンスである。ダンスそのものは去年みたものの方がレベルが高いと思ったけれど、それでもやっぱりダンスはかっこいい。それは、言語の外で躍動する。


未明。三人で脱出してお茶。それぞれが仕事で抱えるやっかい事に話題が移る。この日の彼女たちに限らず、現場の槍玉にあがるのはいつも腑抜けた中高年の男たちである。彼らは、現場のことがわからんくせに権力を振りまわしたがり、女を排除しながら勝手にわけのわからん判断を下す。そうしてフィクショナルな世界に居座りへらへらとしているのだ。彼らはすべてを自滅に導く。

外は雨。すでに地下鉄は動きだしている。

*****

08121402.jpg

11月14日(日) 雨のち曇り、少し日差しが

午前、目覚めるとベッドからTVを点け、録画していたクラシコを観る。その後、Aランチ、洗濯、紅茶。窓から夕焼けがみえた。これからシャワーを浴び、夕食の支度をする。

*****

記録できていない諸々:

・映像と目に見えない存在
・ニシノユキヒコの冒険
・拘束ナシ
・うつろ舟
・僕らのミライへ逆回転
・バイバイ ポラロイド
・三つのエコロジー

年内にはなんとかしたい。
posted by Ken-U at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

送別、忘年

08120601.jpg

もうすぐ今年も終わる。

*****

12月5日(金) 曇りのち雨のち曇り

送別会。新宿にて。

彼女からパリに移住するという知らせをもらったのは週の前半、たしか火曜か水曜日のことだった。正直、ずいぶん急な話だなあと思った。けれど、善は急げというし、市況は悪化する一方だし、いろいろ考えると移住にはいいタイミングなのかもしれない。というか、業界からいったん足を洗うにはいい機会だと思い直した。彼女が属する会社も、豪奢なビルを建てて以降は業績が悪化する一方のようだった。移住後は、とりあえず専業主婦をしながらフランス語を勉強するらしい。彼が、「ボクノカイシャハ、シャインヲゼッタイクビニシナイ」と言ってたことを思い出した。

会の参加者は、やっぱりフランスの男と日本の女ばかりだった。日本の男は僕をいれてふたりだけ。まあ、そんなものだ。で、驚いたことに、二次会はカラオケに行こう、と若いフランスの男たちが決めた。そこで気づいたこと...

・若いフランスの男たちは流暢な日本語で流行歌を歌う。
・「オー・シャンゼリゼ」も日本語で歌う。
・アニメの主題歌がかかるとさらにハイになる。
・呆然と見ている僕にカラオケを強要する。
・たまに井上陽水とかも歌う。

店を出たのは深夜2時過ぎ。おみやげに日本茶セットを渡し、日本男子ふたりでタクシーを拾って寄り道なしで帰宅。

さようなら。

*****

12月7日(日) 晴れ

近所に住む友人宅でひとあし早いクリスマス・パーティー。手料理をご馳走になり、子供たちと遊んだ。ここ最近は、あの子たちと遊ぶのがいちばん楽しい。彼らもなついてくれていて最高である。至福のひととき。無防備な存在は周囲を幸福にする。
posted by Ken-U at 00:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

TVでフクアリ

12月6日(土) 自宅にて

jef08120600.jpgどうしてしまったのだろう。カボレが決め、長友が追加点をあげるところまでは完璧で、こりゃあ三位でACL行きかなあ、なんて夢を見ていたのだけれど、その夢が、あれよあれよというまに散り散りに引き裂かれてしまい、やがて悪夢となった。最悪の大逆転劇である。終盤はまさに地獄絵図。いいように蹂躙されてしまった。

でも複雑な想いが頭の中でぐるぐるとしている。仮に勝っていたら千葉はJ2降格。しかも川崎が勝ったのでどのみち三位も逃していたのだ。まあ、負けたことでいろいろとまるく納めることができたのではないか、なんて考え直してみる。しかし、リーグがこんな終わり方だとちょっと情けないよなあ、とも思う。六位はちょっとどうか。それに、締まらない幕引きなのでなんだか後味が悪い。

しかし、今季は総じてよかったと思う。優勝争いに長く絡んだし、サッカーの質を改善することもできた。それになんやかんやいって、去年より高順位を得ることができたわけだからまずまずだと思う。若い選手が多いし、これから積み上げていけばいいのだ。欲張りすぎは禁物である。

試合後のフクアリ。巻の挨拶を聞いていて、思わずぐっときてしまった。あきらめさえしなければ、サッカーではすべてが起こりえる。2失点目のあとに味方を鼓舞する彼の姿を思い起こした。奇跡は起きるのだ。

まだ天皇杯が残っている。

posted by Ken-U at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。