2008年12月27日

「映像と目に見えない存在」 人馬一体のイメージ、映像、映画とは何か

21世紀文化論『映像と目に見えない存在 image and invisible』 (芸術人類学研究所)

出演:高木正勝、大淵靖子、中沢新一

homicevalo00.jpg冒頭で『Homicevalo(ホミチェヴァロ)』の上映。その後、鼎談の中で、その製作の背景、撮影時のエピソードなどが披露された。『Tai Rei Tei Rio』(過去記事)のときは少しだけ遅刻してしまい、この作品の冒頭数分を見逃していたので、ここで見直すことができてなによりそれがよかった。

人馬が一体となる。人と馬の身体が融け合いひと塊の光となってゆく様子に、神話「馬娘婚姻譚」のイメージが重ねられる。ほぼ無声の映像なのだけれど、冒頭の数ショットを観るうちから、この作品はある種の映画なのだと感じた。実際、その後の鼎談の中で、中沢さんと高木さんの口からこれは映画である、という言葉が出て、大いに納得すると同時に、映画とは何かという『狩猟と編み籠』(過去記事)に繋がる問いが、頭の中をめぐった。さらに、馬とはいったいなにものなのだろう、という疑問も再び湧きあがってきて、つまり、この『Homicevalo』は多くの刺激を与えてくれるよい作品だと感じた。

その後、『NIHITI』、『Lava』、『Tidal』が上映された。『NIHITI』の鑑賞もこれが2回目だったけれど、暴力と恍惚が入り乱れるあの摩訶不思議な映像世界にすっかり魅了されてしまった。人は、内面に抱える暴力の衝動とどう向き合っていけばいいのだろう。そして最後、これは高木正勝と直接関係しているわけではないのだけれど、芸術人類学研究所のお薦めである『Zingaro』の映像もとてもよかったので(残念ながら、ここではメディアの不調によりほんの少しの映像しか観ることができなかった)、できれば年明けのライヴを観にいきたいと思う。それもこれも含めて、予想以上に収穫の多い企画だった。

前回の『表現の新しい可能性』(過去記事)から始まる、中沢、高木両氏の蜜月はこれからも続きそうだ。来年は、ふたりのやりとりの中からさらにアクロバティックな企画が飛び出してくるかもしれない。期待は膨らむ一方である。


posted by Ken-U at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術人類学(中沢新一) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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