2008年12月29日

「ニシノユキヒコの恋と冒険」 ニシノユキヒコは存在しない

川上弘美著 『ニシノユキヒコの恋と冒険』 (新潮文庫)

十人の女たちが、ニシノユキヒコを回想する。

nishinoyukihiko01.jpg気分転換がしたくなり、女性の小説で軽く読めるものをと思い購入した。が、考えが甘かった。このタイトルの軽さにすっかり騙されてしまったのだ。冒頭、女がふとニシノのことを思い出し、するとニシノがすぐ傍にいるような気がしてきて、その気配に動揺する間にこの世ともあの世ともつかない不気味な領域へと意識をシフトさせていくのだけれど、その描写にぞくぞくしてしまい、気づくと作品世界の深みにずっぽりはまっていた。はまりながら、これは川上弘美によるある種の寝技ではないか、みたいなことを思った。絡めとられてしまうと、もう抜け出すことができないのだ。

十人の女たちが、ニシノユキヒコなる存在を、彼との恋愛を思い起こす。読み手は、それぞれの記憶を組み合わせつつ脳裏でニシノの像をかたちづくっていくのだけれども、その輪郭はいつまでも霞んだままではっきりとはしない。それはどこか掴みどころのないニシノの性格のせいなのか、それとも恋愛というあるんだかないんだかはっきりとしないふわふわとした概念のせいなのか、よくわからない。ただ、この世とは確かにそういう成り立ちをしているんだよなあ、と漠然と思う。恋愛という人間の心の揺らぎが、ニシノユキヒコという存在を曖昧にし、ついには彼をこの世から消し去ってしまう。とても残酷な話なのだけれど甘美なところもあり、その複雑な味わいに魅了された。


posted by Ken-U at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。