2009年02月24日

Barcelona, Arsenal...

リーガ・エスパニョーラ 第24節

バルセロナ vs エスパニョール

barcelona09022104.jpgアビダルの負傷交代はともかく、ケイタの退場は受け入れ難い。が、サッカーとはそもそも受け入れ難い現実の集積体であり、理解できないこと、頭にくること、痛いこと、哀しいこと、それはもういろいろと起きるのである。だからそれはそれとして、残された選手たちであの難局をなんとかしのいでほしかったのだけれど、でもそれも叶わなかった。というか、ヴァルデスのあれが余計だったのだ。久しぶりのあれが、もうあれだったのである。

一方、エスパニョールは激しかった。めらめらと燃えていた。彼らは彼らにできることをやった。ゴール前を固めつつ相手ボールホルダーに激しく身体を投げ出した。で、デラ・ペーニャのゴールを引き寄せたのである。そして4年振りの雄叫び。狂乱。

それにしても、アビダルの怪我が痛い。これからしばらくの間は左サイドがバルサの課題となるだろう。場合によっては左SBに自重させて、アンリがのびのびプレーするための余白づくりを優先するのもひとつだと思う。


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イングランド・プレミアリーグ 第26週

アーセナル vs サンダーランド

また怪我なのだろうか。救世主エドゥアルドの姿はスタンドにあった。で、かわりにアルシャヴィンがリーグ・デビューを飾ったのだけれども、アーセナルの閉塞状況はあいもかわらず。やはり、セントラル・ミッドフィルダーがソング、デニウソンでは役不足なのだ。フレブ、フラミニはもうこのチームにいないので仕方がないとしても、セスク、ロシツキの不在は痛い。だからあの頃のような流動体がつくれないのだ。

しかし、ナスリはもっとできると思うし、ラムジーもチャンスさえ与えればもっとできるのではないだろうか。ヴェラは空振りしてる場合じゃない。ここは若手が踏ん張らねば。

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さあ今晩からチャンピオンズ・リーグだ。リヨンは厳しくくるだろう。ローマはイタリアン・リアリズムで固めてくるのではないかと思う。バルサ、アーセナルとも苦しめられるのではないか。あと、話題としてはとんでしまうけれどビジャレアルにもがんばってほしい。
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2009年02月22日

「ロルナの祈り」 揺れる心、揺らぐ虚実の境界

ジャン=ピエール、リュック・ダルテンヌ監督 『ロルナの祈り』 (恵比寿ガーデンシネマ)

原題:『LE SILENCE DE LORNA』

女は法の網の目をかい潜り、新たな国籍を得る。「夫」は生死の境界をさまよう。

le_silence_de_lorna00.jpgたしかに、結婚とは曖昧な制度だと思う。というか、制度自体は確かなのものだと思うけれど、その土台となる人間の感情、とくに恋愛の感情については、それを確かめることが当事者同士でさえ不可能であることから、その存在は限りなく曖昧にならざるをえない。有ると思えばあるし、無いと思えばないのである。結婚という制度は、この儚さのうえに成り立っている。

彼女は国籍のため、カネのために結婚をする。つまりそれは虚偽の結婚である。法の上では真なのだけれども、情の上では嘘である。だから、彼女と「夫」の寝室は厳密に仕切られている。しかし、月日の流れの中で、「夫」の抱える危うさ、ある種の無垢に触れるうちに、彼女の胸の内に情が芽生え始める。心が揺れる。虚実の境界が揺るぎ、曖昧になる。と同時に、彼女の暮らしを包む嘘の世界が崩れ始める。

意表を突く恋愛劇だった。カメラは、ほかのダルテンヌ作品とは違って、彼女の傍らに寄り添うというより、むしろある一定の距離を保ちながらその姿をみつめていた。たぶん、この作品の主軸は、人間の心とそれに繋がる世界の虚実の曖昧さをロルナの心情の揺らぎを通して描くことにあったのだろう。つまり、この作品のすべてはロルナを演じるアルタ・ドブロシの内面に隠されていたのだ。だからこそあの結末に至るのだろうし、カメラは彼女の姿を執拗に捉え続けなければならなかったのだ。

「らしさ」が薄れているぶん、ダルテンヌ作品としては評価が分かれると思うけれど、私的にはよい作品だと思えた。とくに、自転車に乗る「夫」と戯れるロルナの表情が新鮮で、その瞬間にみせる彼女の明るい笑顔がラストの暗さとの対比の中で強い印象を与える。冷酷な世界。その虚実に翻弄されながらも、彼女はその胎内に大切な秘密を隠し続ける。それが彼女に残された唯一の真実だったのだろう。
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2009年02月21日

POST-DETROIT, MINIMAL, CLICK...

Shed / 『Shedding The Past』 (Ostgut Ton) : left
Dinky / 『May Be Later』 (Vacant) : right

shed_dinky.JPGしばらく前に購入した2枚。昨秋、パリにてミニマルにかぶれ、その後、CDストアでいろいろ漁ったのだけれども決定打がなく、その間、ジプシー音楽やらエスニックな音に影響されたりして、その流れでこの2枚に辿りついたと記憶している。

これまで何度となく聴いた。で、どちらも悪くはないのだけれど、パンチに欠けるというか、机脇のCDの山の中からこれを選ぶ機会はそうないような気がする。とくに、チリ出身のDinkyにはもう少し魔力的ななにかがあるのではないかと期待していたのだけれど...これも相性なのだろうか。

今後も合間に聴き直しながら、この2枚の魅力を探るつもり。
posted by Ken-U at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「謎の会社、世界を変える」

須田将啓、田中禎人著 『謎の会社、世界を変える。―エニグモの挑戦』 (ミシマ社)

株式会社エニグモの創業記。

enigmo.jpg正直、読み物としては少し冗長に感じるところもあったけれど、事業立ち上げの思い出話を創業者自身が回想する、という本書の性格上、それはしょうがないと思う。その冗長性も含め、面白く読むことができた。とくに前半、彼らがBuyMaを立ち上げるまでの過程にはわくわくさせられた。世界のそこにしかない商品と、細やかな消費者のニーズを1対1でマッチングさせるためのサービス、というコンセプトには大いに共鳴できる。ただし、そのバイマの実際が当初のコンセプトとやや離れてしまっていることと、エニグモの事業自体が「モノ」から離れ、経営陣の得意分野である「広告」へとシフトしている点は残念に思える。すでに外部から投資を受けていたり、株式公開の計画があるという背景を考えるとそれもやむを得ないのかもしれないけれど、帯にもあるように、ソニー、ホンダと比較されるためにはやはりネット内部では完結し得ない実業的広がりが必要だと思う。

この本も友人から借りた。本書と、年初に知ったあるイベントが刺激になり、モノとの新しい関わり、自分のこれからについていろいろと考えている。
posted by Ken-U at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月18日

Liga Espanola + FA Cup

リーガ・エスパニョーラ 第23節

ベティス vs バルセロナ

barcelona09021404.jpgこれはもしかしたらもしかするかもしれん。前半の半ばくらいにそう思った。なんと、ベティスが先制してしまったのだ。それも、2点も。

バルセロナが2失点目を喫したのは25分。ここから反攻に出るバルサ、負けじと立ちはだかるベティスといったやや不均衡な拮抗状態に突入する。面白かった。いよいよリーグでバルサが負けてしまうのか、といった助平心みたいなわくわく感がこみあげてきたのである。しかも前半終了間際に微妙な判定からバルサが1点差に追いつき、さらに後半開始10分ほどにはアンリ、メッシが同時投入され、さあいよいよいきますよ、みたいな演出があって、追い上げるバルサの圧力にこの拮抗はますます熱気を帯びていった。天国と地獄への期待。意識が球蹴りの波に呑まれ、眼が釘付けになる。

拮抗を切り裂いたのはエトオだった。その瞬間、思わず声をあげた。ひさしぶりにTV観戦で高揚した。

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FAカップ 5回戦

ダービー vs M.ユナイテッド

牡蠣雑炊をつくりながら、食べながら観た。で、ユナイテッドの楽勝だった。後半はベッドに這入って観たのだけれど、途中、実況で今年のCLはユナイテッドかバルセロナでは、みたいな話をしていて、やっぱりそう読むよなあなんて考えているうちに寝てしまった。気づくと試合が終わっていたのでそのまま再生停止。楽勝となるとロナウドが調子づくなあなんて思いながら、消去。

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TVでは観ることができなかったけれど、エドゥアルドが見事に復帰を果たしたそうだ。めでたいことだと思う。来週はCL。エドゥアルドが躍動するであろうアーセナルに期待したい。
posted by Ken-U at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

Spain & England League

リーガ・エスパニョーラ 第22節

バルセロナ vs スポルディング・ヒホン

barcelona09020805.jpgバルセロナがとにかく強い。彼らは試合開始早々から主導権を握り、ヒホンDF陣に対して波状攻撃をしかけた。びびるヒホン。たたみ掛けるバルサ。しかしその後、その劣勢をどうにか持ち堪えたヒホンにチャンスが巡ってくる。が、その直後にバルサのカウンターが炸裂。バルサ・ゴール前から、ボールがイニエスタ→アンリ→エトオと流れるように回り、ヒホンのゴールネットを揺らした。歓喜と消沈の対比。

あのイニエスタの高速ドリブルには興奮した。彼は、そのドリブルに限らず、この試合で度々きれきれのプレーをみせた。もうのりのりであった。シャビも余裕綽々なプレーぶりで、両チームの選手個々の実力差が歴然であった。バルサはもうこのままいってしまうのだろうか。

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イングランド・プレミアリーグ 第25週

チェルシー vs ハル・シティ

右肩下がりのチェルシーにクアレスマが合流し、いきなり先発出場を果たした。で、そこそこの活躍はみせたと思う。好きな選手だし、しばらくの間はこのままプレミアでがんばってほしい。

試合後、フェリペ・スコラーリが首切りに遭う。やはりイングランドには合わなかったか。昨年のユーロでポルトガル代表が惜敗したことが思い出された。

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トッテナム vs アーセナル

エブエ、おまえは阿呆か。と、苦い顔になった。悪い予感はしていたのだ。ここ最近、彼は少し浮き足立っていたような気がする。アデバヨルも怪我したことだし、これでアルシャビンのデビューが早まったと思う。彼は救世主になりえるのだろうか。それにしてもアデバヨルの怪我は痛いな。エドゥアルドの復帰にも期待したい。

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最近のTV中継はBGMみたいに聴いていることが多い。散漫な観戦に終始。
posted by Ken-U at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

「俺はまだ本気出してないだけ」 肥大化する自我、その脆弱性

青野春秋著 『俺はまだ本気出してないだけ(1-2巻)』 (IKKI COMICS)

そろそろ本気を出してやる。

ore_wa_mada.jpg四十路を迎えた「俺」は、駄目な自分に向き合えず、また会社を辞め、そろそろ本気を出そうと思い立って、漫画家を目指す。「俺」は奮闘する。

そんな「俺」の奮闘ぶりが滑稽に描かれていく。でも結局のところ、等身大の自分自身に向き合えない彼は、いつまでたっても駄目人間から抜け出すことができない。彼は一向に結果を出せず、悶々とのたうちまわり続けるのである。そしてそのあげく、小手先でこねくり回して自分の作品をますます劣化させていく。「俺」は、厳しい現実から目をそらそうともがく。ゲームやら、近所の子供たちとの野球遊びやらに興じる。いつまでも逃げ続ける。

この腑抜けた中年男の周囲にいろいろな人たちが配置されていて、腑抜けとの関係の中でこの作品に奥行きを与えている。父親、娘、バイト先で知り合った青年など、彼らはみなどこかしら味わいがあり、読み進めていて、それぞれいろんなものを抱えて暮らしているんだよなあ、なんてしみじみした。彼らが見守る中、あの腑抜けはこれからどうしていくのだろう。転落はまだ続くのだろうか。

漫画を読むのは約30年ぶり。面白いよ、といって友人が貸してくれた。で、借りたその晩に2冊とも読み終えてしまった。たしかに面白かったけれど、なぜだかほろ苦い余韻が残った。
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2009年02月05日

「a moment for the life」

kaito / 『a moment for the life』 (OCTAVE LAB.)

a_moment_for_the_life.jpgMixCDの魅力は、トラックひとつひとつの輪郭が曖昧になりながら切れ目なく繋がりあい、その音のつらなりがひとつの大きなグルーヴをかたちづくるところにあると思う。とくに、トラックとトラックが重なり合うところ、あるいは、ひとつのトラックのある部分から別のトラックが突然わき出てくるところなどから大きな悦びが溢れ出てくる。

この『a moment for the life』は、Kaito名義の16トラックをKaito自身が繋いだベスト盤的位置づけを持つMixCDである。つまり、この1枚で、厳選されたKaitoの各トラックと、MixCDならではの繋ぎの魅力を同時に堪能することができるのである。ただ、後半のどこかしらでいかにもMixCD的な絶頂感を味わうことができはするのだけれど、どちらかというとベスト盤的な匂いの方が強いアルバムなのかな、とも思う。個人的には、各トラックの原型をもっと壊してくれてもよかった。

でもきっとそれはライヴで観るべきなのだ。今年こそは、Kaitoのライヴに行きたい。
posted by Ken-U at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

Premier League + Liga Espanola

イングランド・プレミアリーグ 第24節

リバプール vs チェルシー

liverpool09020102.jpg久しぶりに拮抗した試合をみた。リバプールが押し気味に試合を進めるが、対するチェルシーも意地をみせて食い下がる、みたいな展開だったと思う。しかしまあ、チェルシーにとんだ災難が降りかかったこともあって、優勢であったリバプールがそのまま寄り切ってしまうのだけれども、それにしても、いかにもな活躍をみせたフェルナンド・トーレスはさすがだなあと思った。あの切り裂く感じ。その瞬間にみせる獰猛さに痺れた。彼は英雄である。顔はあいかわらず童顔なのだけれども。

あと、シャビ・アロンソがよかった。彼は本当に渋いプレーヤーである。中盤を引き締め、ボールをうまく散らしつつ前線に供給し続けた彼の活躍も勝因のひとつだといえる。彼は、隙のないプレーを続けながら、その合間にふとアクロバティックなボールさばきをみせたりしてとてもお洒落だった。

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アーセナル vs ウエストハム

こちらは沈滞した試合だった。だからベントナーはベンチだって。と、心の中で繰り返した。それにしてもアデバヨル、彼はどうしてしまったのだろう。なんだか普通だ。

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イングランド・プレミアリーグ 第23節

エバートン vs アーセナル

ファン・ペルシーがぎりぎりのところでスーパー・プレーをみせた。最後の最後で爆発する歓喜もまたいいかなと思う。しかしアーセナルの崖っぷちは続く。

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リーガ・エスパニョーラ 第21節

ラシン vs バルセロナ

ラシンはよくやったと思う。ほぼプラン通りに試合を進めることができていたのではないか。でも、バルサにはメッシがいるわけで。これはもうどうしようもないこと。ラシンは苦笑しながらあきらめるしかないのだ。

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リーガ・エスパニョーラ 第20節

バルセロナ vs ヌマンシア

後半早々、メッシが口火を切る。あとはもうバルサのゲームである。でも、ヌマンシアはよくやったと思う。彼らはできる限りのことをした。

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アーセナルにあのアルシャビンが加入した。さあ、彼がどんなプレーをみせてくれるかいまから楽しみである。
posted by Ken-U at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

「イントゥ・ザ・ワイルド」 新たな共生の時代のために

ショーン・ペン監督 『イントゥ・ザ・ワイルド』 (下高井戸シネマ)

原題 『INTO THE WILD』

すべてを捨て去り、野生に向かう。

into_the_wild00.jpg実話をもとにした作品である。ひとりの青年が、父親との確執から家を出て、カネも学歴も捨て去り、バックパックひとつで荒野に入る。その後、彼は縦横に大陸を移動しながら、やがて目的地であるアラスカへと辿り着くのだ。しかし、野生の世界はあまりに過酷で、その圧倒的な力は彼を窮地に追い込む。

この作品の味わいを深めているのは、ショーン・ペン監督の主人公に対する距離感とそのあたたかな眼差しだと思う。彼は、青年の未熟さを未熟さとして描きながら、同時に、その至らなさをやさしさでくるみこんで、その死の悲劇性をある意味において救おうとしている。青年のとった行動はあまりに無謀で、結果としてそれは過ちだったといえるのかもしれないけれど、しかし青年が抱えていた想いや衝動は大いに共感しうるものであり、鑑賞後、こうして生き延びている私にはいったい何ができるのだろう、と考えさせられてしまう。

繰り返すけれど、本作におけるショーン・ペンの演出は優れていると思う。青年を手放しに英雄視することなく、適度な距離を保ちながら、その様子を見守るすべての人たちになにかしらのメッセージというか、それを遺言といってもいいのかもしれないけれど、ある想いを託そうとする。そこには、青年の死を無駄にはしたくない、という監督の強い意思が感じられる。

全編を通して映し出されるアメリカの自然がきらきらとしていた。青年は、車を捨てて自然界に身を投じたのだが、皮肉なことに、最後にはまた車に行き着いてしまう。そこで彼は、まず火を起こし、ナイフを研ぐのである。つまり、人間は人間であり、自然と一体となって暮らすことはそもそも不可能なのだ。だからわたしは、成熟した眼をもって、新たな共生の時代のために、自然との関わり、そして人間同士の繋がりについて考え直さなければならない。
posted by Ken-U at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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