2009年05月04日

「犬の記憶」 揺れる自我、複写を超えて生きる

森山大道著 『犬の記憶』 (河出文庫)

その半生と、写真について。

memories_of_dog.jpg本書も、旅の途中で読むつもりで購入した。「犬の記憶」と「僕の写真記」、ふたつのパートで構成される。

「犬の記憶」の序盤は森山大道の生い立ちに関する文章で、大作家が抱える私的背景を興味深く読んだ。彼は、双子の弟として生まれ、しかし兄がすぐに亡くなってしまったため自身を死んだ兄のコピィ、さらには森山家のリコピィと捉えてその後の人生を歩む。さらに、親の仕事の都合、あるいは自身の健康の問題から家を転々としたり、親元を離れて暮らしたりと安定とは無縁の環境の中で子供時代を送る。こうした境遇はとくに自我が揺れる思春期に大きな影響を与え、彼は野良犬の如く夜の街を徘徊するようになる。その後、放蕩する犬が如何にして写真家に成り上がったか、が後半部分の「僕の写真記」で振り返られている。

中盤の写真論には冗長なところがあって少しだれたけれど、序盤と後半部分は面白く読むことができた。思いつきで写真の世界に飛び込み、その後とんとん拍子に階段を駆け上がっていく森山大道の姿には何故か我が事のようにわくわくさせられた。たぶん、時代もよかったのだろう。でももちろんそれだけではないのだ。深い想い入れと情熱、それと善き人々との繋がりが運命の網をかたちづくり、彼の存在をマエストロの段階にまで引き上げていったのだろう。成功する人は皆そうしたネットワークを持っているんだよなあ、なんて思っているうちにまた着陸態勢、シートベルトをぎゅっと締めるとみるみる高度が下がっていく。


posted by Ken-U at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「正直じゃいけん」 愛の炸裂、自己と他者の溶解

町田康著 『正直じゃいけん』 (ハルキ文庫)

ルール:負けたものが勝者になる

s_jaiken.jpg初春、旅のともにと思い購入した。このエッセイ集には、これまで読んだ町田康のほかのエッセイと同じように、彼自身の日常、あるいは周囲で起きる諸々の出来事に対する彼の態度、思考、妄想などが面白おかしく綴られている。飛行機の中で、序盤からうくくと笑いを噛み殺したりと楽しみながら読み進めた。

しかし、ゆるゆると読み流すことができなかったのが「愛の炸裂」の部分。ここには、町田康が想いを入れる他の作家やその著作に寄せた文章が収められている。とくに、中島らもに関する文章には町田康の強い想い、深い愛が溢れていて、よく知りもしない中島らものことや彼と町田康の関係などについて空想したり、ふと気づくとそれとはまったく関係のない人生のいろいろ、この世の成り立ちについて妄想を膨らませたりと時空を超えた。

他者について語ることは自己を語ることに等しいと思う。とくに、想い入れの強い人、物事について語るときにその傾向は顕著となる。愛の炸裂の中で、内部と外部の境界が溶け、両者があやふやに混じり合ってしまうのだろう。これ以降、他人やいろいろな物事に対してどれだけ深く想い入れができるだろう、愛は炸裂するのだろうか、などと想いを巡らせてるうちに、降下、着陸。
posted by Ken-U at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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