2009年06月28日

二度目の国立は勝利、石川に感謝

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6月27日(土) 晴れ

仕事を終え、外苑前にて途中下車。19時半頃、徒歩にて競技場に到着した。一階の自由席はすでに満席だというので二階席へと向かう。疲れている体にあの階段は少しつらい。

東京は、前半こそボールをうまく回してよいリズムをつくっていたけれど、後半はいまいち。逆に、清水がチャンスをつくっていた。東京はリードしてからの試合の進め方にまだ甘さがあると思う。というか、カボレがあの一対一を決めて2点差にしていればもっと楽な試合運びができていたはずだ。

清水のサッカーは変化しているのかもしれない。以前は、堅守、速攻という印象が強かったけれど、この試合では、中盤でボールを保持しながら両サイドに振り、トップのヨンセン、原に合わせるというアプローチで、中盤の展開力では東京に及ばないけれど、効率の面では東京を上回るサッカーをみせたいた。だから、最後の最後まで結末がみえなかった。

が、その拮抗も石川がみせたあのシュートの背景にすぎなかったのだと思える。石川、すごいなあれは。ゴール前、彼がダイレクトで右足アウトにかけると、ボールは綺麗な弧を描きながらゴール左上隅ぎりぎりのところに吸い込まれていくのだった。直後、競技場は歓喜の渦。同点にされたときは千葉戦の悪夢が脳裏に甦ったりもしたのだけれど、その暗いイメージを石川が吹き飛ばしてくれたのだ。石川様様である。

夏の暑さの中、東京は目指すサッカーを90分間維持することがこれまで以上に困難になるだろう。とすると、この試合のように、後半、チームが省エネ指向になるのも仕方がないのかもしれない。なんてことを考えながら地下鉄で移動。帰宅前に近所の蕎麦屋に立ち寄り、カウンターでゆるりとしてうまいものを食べながら疲れを癒した。日本酒がとてもおいしかった。
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2009年06月26日

旅の記録 帰郷編

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6月19日(金) 夜

半年ぶりの帰郷。到着は夜10時過ぎ。着替え、土産を渡し、少しぬるい蕎麦をいただいて、入浴。風呂は心地がよい。その後、畳の上にだらしなく寝転がったまま、雑談。就寝は深夜3時を少しまわったころ。

*****

6月20日(土) 曇り

寝坊したかったけれど、10時頃には目覚める。が、それから小一時間は寝たふり。

その後、昼食。で、また畳の上にだらしなく転がって、雑談。その間、たびたび冷えた麦茶をいただく。ひとしきりうだうだしたのちに、恒例の散歩。

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まず通りに出て、横断し、山ちゃんちの跡地を眺める。狭い。確かに、山ちゃんのうちは狭かったと思い返す。当時、山ちゃんちの一階と二階は梯子でつながれていたのだった。

駅と県庁を結ぶ中央大通りに出て、右折。シャッターが目立つ。閉店した店が一段と増えているような気がする。さらに閉店セール中の店もあり。

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さらに歩き、アーケード街へ。このアーケードの一部が取り壊されるというので、この日はその様子を見に来たのだ。アーケードを運営していた団体が経営破綻したことをきっかけに、老朽化の進んだこのアーケードを解体することにしたという。下にはなぜか赤い絨毯(?)が敷かれていた。レッドカーペットの上を歩きながら、かつてはここが繁華街と呼ばれていたことを思い起こす。

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アーケードなきアーケード街を抜け、神社の境内に入る。手入れが行き届いた綺麗な神社だ。子供のころ、ここでよく鳩に餌をあげた。が、いまはいない。境内が綺麗になって、鳩が消えた。境内の裏にあるストリップ小屋も潰れたまま放置されていた。

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県庁前の国道に出る。堀端を歩きながら、庁舎を見上げる。廃墟となりつつある旧市街地とそそりたつ県庁のコントラスト。で、去年できたという堀端の遊歩道を歩く。歩道は手入れが行き届いていて綺麗だった。

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駅に隣接するバスセンターで時刻表を確認して、近くのスーパーでビールを買いこんで、帰宅。町内会の会合かなにかがある関係で、すぐに夕食。

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食後、畳の上にごろり。ひとりでぼうっとTVを眺める。すると、背後から女の声が。目を向けると妹。こんな間抜けな格好で妹と再会するとは。久しぶり、と言葉をかわしてそのままTVを見やる。妹もTVをみている。

夜、風呂。妹は10時すぎに帰る。その後、焼酎と雑談。就寝はまた深夜3時ころになった。

*****

6月21日(日) 雨時々曇り

昼前に起きて、支度。そして昼食。ここでやっと土産のさつま揚げがでてくる。妹は、具が口に合わないとそれを母の皿の上に置いてしまう。もったいない。食後、塩きんつばが仕舞われたままであることを思い出したが、ま、いいか、と思い直して出発。出掛けに、明日からの仕事はちゃんとするように、みたいなことを言うと、ハイ、と返した。珍しく声に張りがあった。

バスで空港まで。空港ではなにも買わず、安いカフェみたいなところで生ビール(小ジョッキ)を呑み、そのまま移動。途中、友人宅にさつま揚げを届け、帰宅。外で軽く食事、荷ほどき、シャワー。うだうだとした後、想いに耽りつつ持ち帰った焼酎を呑んで、また呑んで、さらに呑みながら、就寝。
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2009年06月23日

旅の記録 仕事編 #2

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6月19日(金) 晴れ

少しゆっくりめにチェックアウト。10時過ぎから市街を歩く。で、前回も訪問した某店に出向くもすでに来客中。早めの昼食に切り替える。

で、いつもどおり迷いに迷って入った店がややハズレで、落胆しつつ某店に戻る。が、すぐにミーティングがあるからといわれ、資料だけを渡して簡単に挨拶をすます。昨年末、ここに来たときは飛び込みなのにとても丁寧な対応をしてくれ心揺れたが、今春、いざ商品をみてもらう段になって彼女の態度が豹変した。以降、ずっとこんな感じだ。忙しい、を理由に時間をとってくれないのだ。こんなことは珍しくもないのでまあいいのだけれど、そのかわりに、私は人の頼みを忙しさを理由に断らないよう努めている。会いたいと言われればできるだけ会うし、見てほしいといわれれば見る。そもそも、忙しいのは抱える用事が多すぎるからで、つまり彼女は用事を抱えるためのキャパをそれなりに持っているといえる。ってことは、たぶん、私の案件は彼女にとって用事になりえない些末な屑にすぎないのだ。忙しい、といわれることは、私には沢山の用があるがあなたの用は私の用になりえない、無価値だ、と宣告されているようなもの。実感により、言葉の理解は深まる。

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ホテルで預けていた荷物を引きとり、地下鉄に乗り込む。で、特急、新幹線と乗り継いで、また駅に到着した。ロッカーに荷物を入れ、路面電車。乗ってすぐに料金を払ったら、後払いなんですけど、と苦い顔をされる。

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路面電車を降りて、まずぐるりと周辺を歩く。灰の街なので、アーケード街が広い。シャッターの閉まった店も少ないような気がする。が、閉店したばかりの百貨店跡地は廃墟のまま放置されていた。閉ざされたビルはやはり墓のようにみえる。

昨年末に訪れた某店の前を通り過ぎる。今回は商談ではなく、改装した店構えを確認するのが目的だったのだ。改装後に店がどう変化したか、その様子を自分の目で確認したかっただけなのだ。

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店の外観をデジカメに収め、近くのラーメン屋で軽食。その後、街中の反戦デモ、駅前の街頭演説(某宗教団体が新たに政党を立ち上げたらしい)を横目に、それから観覧車を見上げながら(前回はあっただろうか?)駅構内に上がり、さつま揚げを購入。さらに改札を通って焼酎を探すが、買うつもりだった現地限定焼酎がなんと売り切れ(!)で、やむなく別の限定酒にする。やはり湯呑も買う。

トイレで湯呑をすすぎ、ホームに上がる。列車の到着を待つ。すると、清掃のおばさんが目の前に立った。そして、列車の到着と同時に深く礼。その礼があまりに丁寧で、心揺れる。彼女と清掃の仕事の関係を思う。私にあの礼ができるだろうか、と想いめぐらす。

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車内にて、揚げたてのさつま揚げと焼酎で打ち上げ。これがもう絶対にうまい。それでも皆で支えあってこの不況を乗り越えていけたら、そしてこの商売が少しでもその役に立ったら、と思いながら窓外に目をやる。闇の中、光がびゅんびゅん走り去っていった。
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旅の記録 仕事編 #1

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6月18日(木) 晴れ

昼前に空港着。すぐに乗り換え、市内バスセンターへ。キャリーケースをロッカーに入れ、市街に出て、食べるところを探す。が、適当な場所がみつからず、商談前でそれほど空腹ではないこともあって、結局、この前と同じお好み焼き屋にする。もちろん、ビールはつけず。

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店頭で社長に挨拶。すぐに連れ出され、近くのカフェにて歓談。今季、私の商品の売れ行きはいまひとつだったけれど、この市況だからしょうがない。長い目で見ているからさらによい商品にしてほしいと励まされた。市況のこと、業界のこと、これまであったいろいろなこと。商売人は会社人と違って話が簡潔で実質的でいい。ここでかれこれ20年以上ものあいだ商売しているのだそうだ。今回、初めて彼の歳を聞いてびっくりした。60過ぎてこのバイタリティーはすごいと思う。これから20年後、私に同じことができるだろうか。というか、そのころ私はどこにいて、いったい何をしているのだろう。

挨拶を終え、急ぎ足でバスセンターにもどる。ロッカーから荷物を出し、窓口で訊ねた駅行きのバスに乗り込む。揺られながら時計をみる。予定より1時間ほどの遅れ。

新幹線に乗り、水分を補給して、いろいろなことに想いをめぐらせているうちにまた駅に到着。ロッカーの場所を駅員さんが丁寧に教えてくれる。それからトイレに立ち寄り、急ぎ足で次の取引先へ。

まず、マネージャー、店長と挨拶をする。少し会話がほぐれてから、絶妙のタイミングで商品を紹介してもらってたすかったと礼をいわれた。先日、この店の顧客に向けた受注会に私の商品も参加させてもらって、納める予定の商品のほぼすべてに予約が入ってしまったのだ。幸先のよいスタートだと思う。ただ、このままでは店頭に商品が並ばないのでそのことを口に出すと、笑顔でやんわりとかわされてしまった。欲をかきすぎてはいけない。

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その後、オーナーまで挨拶に来ていただいてすっかりいい感じになり、店を出る。地に足の着いた商売人はいいな、なんて思いながら気分が少し軽くなり、それから近くの川辺にあるカフェで友人と約1年ぶりの再会。もう、わたしは新卒のOLですか、どこをどう切り詰めて生活すればいいんですか、と訴えたいが会社は常に一方的でどうしようもなく、これから身の振り方をどうするか考えただけで憂鬱になると嘆いた。彼女は僕よりもずっと高い経歴を持っているのに、いろいろあってUターン転職をして、それ以降、不運に見舞われ続けている。というか、これは不運ではないのだ。で、彼女を励まし、励まされた感じにもなって、これからも情報交換を続けましょうね、といって別れた。

で、また新幹線に乗り、駅に到着。すぐに地下鉄に乗り換えて、ホテル近くの駅に出る。あたりはすでに暗くなっており、方角を失う。が、少しふらふらしている間に取り戻して無事ホテルに到着。チェックイン。軽く荷ほどき。で、前回の反省もあって、近くの居酒屋でひとり呑む。刺身の盛り合わせ、豚ばら肉の串焼き、お新香の盛り合わせに明太子のおにぎりを二個。それに地酒を二合つけていい感じになった。合間に、店の女性二人が声をかけてくれ、最後にはわざわざ店長が挨拶に来てくれて、恐縮。俺はいったい何者なのだろう。と少し不思議に思いつつ、まあ縁を大切にするってことなんだろうなあなんて考え直して土産にしたおにぎりを手に、下のコンビニでお茶とビールを買って、ホテルに戻り、風呂。で、なかなか寝つけず、TVを眺めながらおにぎり、ビール、お茶。今田耕司と東野幸治はでずっぱりだなあなんて思いながら歯磨き。その後、ゆらゆらしているうちに意識不明。
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2009年06月18日

ハケン #1

Sさんの抜けた穴が、最近ようやく埋まりつつある。彼女が辞めたのは去年の九月。以降、先に入った後任は逃げるように辞め、その後、暮れに入った後任もすぐに辞めてしまい、そして今のスタッフに決めたのが一月末。約五ヶ月の間、右往左往、いろいろあった。

先の後任は三十代半ばの男性。そもそも夢があったのだけれど、その夢は潰えた。でもその世界に少しでも関わる仕事がしたくてこの案件に応募したという。夢か。と、べつにしんみりしたわけでもないのだけれど、これを再スタートのよいきっかけにしてくれたら、と思って採用を決めた。が、入店後半月ほどで風邪による欠勤。で、それが長引いたとかでずるずる休み、その挙句に音信不通。派遣会社の担当営業が携帯に連絡しても応答なく、自宅に電話したところ、彼の母親がかわりに出て謝罪したという。で、担当営業が私に謝罪。

暮れの後任は四十前後の女性で、二ヶ月ほど前に夫を亡くし、住んでいる家も手放さなくてはならなくなって、自活のために登録。販売経験はそれほどないけれど、この分野の商品には詳しく、すぐに馴染める自信があるという。未亡人だからといって同情したわけではないけれど、これをよい足掛かりにしてくれたら、と思って採用した。が、入店後数日で欠勤、さらにその数日後、音信不通。で、担当営業が私に謝罪。

その後、今のスタッフを採用して五ヶ月あまりが経つ。まだ二十代前半とかなり若いのだけれども、歳のわりには経験が豊富で、はじめの頃こそちょっとあったけれど、それも楽々と乗り越えていまではのりのりで仕事に励んでいる。売上げもついてきて頼もしく思える。

しかし問題はこれから。というのも、この夏、私とともに働いてきた派遣のうちの一人を切らなくてはならなくなったのだ。派遣の枠を超えて、というか超えたつもりになって、これまで力をあわせてきた同僚の首を切るのだ。誰を切るか。この数ヶ月、ずっと考えてきた。考えながら電話でやりとりをしたり、ミーティングをしたりしてきた。誰を切るか。だいたいの目処がたった。目処のたつ自分がとても恐ろしく思える。
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2009年06月14日

「言語にとって美とはなにか1」 編み物としての言語、その価値、美

吉本隆明著 『定本 言語にとって美とはなにか1』 (角川ソフィア文庫)

言語は自己表出と指示表出で編まれた織物であると考えられる。

gengo01.jpg言語の自己表出性は、言葉の流れを生み出すためにつかわれる品詞、例えば助詞や感嘆詞の中に強く含まれている。また、この表出は言葉が生み出す価値と深い関わりを持つ。というか、吉本氏がいうように、はじめて海岸に迷い出た狩猟人が眼前に広がる青い海原をみて思わず「う」と呟いたのが「海(うみ)」という言葉の始まりであるとしたら、つまり自己表出が言語の発生そのものに深く関わっていたとするならば、この自己表出という言語要素は品詞を問わず言葉のあらゆる部分に含まれていると考えられ、言葉の並び、流れ、捩れ、うねりなどにより生みだされる言語の価値(美)に大きな影響を与えていると考えられるだろう。

年初、ETV特集の「吉本隆明 語る」を録画予約し損じ、あわててTVを点けたらちょうど吉本氏が自己表出と指示表出の話をしているところだった。その語りが印象的で、それに前半部分の話を聞き逃した悔しさもあって、その後、いろいろ探っているうちに本書にたどり着いた。が、自分には少し難しかった。そもそも、文学の素養が足りないのだ。でも、なんとなく感覚的につかめる部分もあり、たまには背伸びをして読書するのも悪くはないと自分に言い聞かせながら長い時間をかけてゆっくりと読み進めた。先日、横光利一を読んだのはそのETV特集の影響で、近いうちに彼の『機械』も読みたいと考えている。あと、久しぶりに太宰治も読みたいと思った。
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2009年06月06日

「手仕事により、フォルムをつくり直した女性と男性のための服」

メゾン マルタン マルジェラ:

『手仕事により、フォルムをつくり直した女性と男性のための服』 (EYE OF GYRE)

ラベルナンバー「0」

martin_margiela.jpg既成の服地や他のオブジェクトを再利用し、新たな衣服をかたちづくる。たとえば、蝶ネクタイ、ショッピング・バッグ、ボトルの王冠、造花、ウイッグ、クリスマス・ガーランドなどがいくつも繋ぎ合わされ、それらがドレスやジャケット、ネックレスなどに変容する。あるいは、ヴィンテージのバッグを黒いマスキング・テープで被い、それを新しいバッグとして再生する。こうしたマルジェラのアプローチは、彼の衣服に対するオマージュがその背景になっているらしいけれど、僕はこれをマルタン・マルジェラの洒落、遊び心の結晶として眺めた。既成品の破壊とその再構築。こうした型破りなコレクションをコレクションとしてつくる方もつくる方なのだが、それを受け入れる側も受け入れる側で、その、つくり手と受け手の呼応、響き合いがこの「ゼロ」を成り立たせているのだと思う。

「0」を成立させる社会とはいったいどのような社会なのだろうか。などと、想いをめぐらせながら、展示されつつ売却処分中のこれら「0」を眺めて、その後、表参道を歩き、空を見あげた。
posted by Ken-U at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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