2009年07月26日

夏、味スタ

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7月25日(土) 晴れ時々曇り

珍しく、スタジアムに入るとすぐにビール。タンブラーいっぱいに生を注いでもらって550円也。よく冷えていて、内臓に沁みた。

試合は拮抗した展開が続き、それを打ち破ることができずに痛恨のドロー。でも、内容は悪くなかった。良質なサッカーをする広島を相手に、カウンターのリスクを考えるとそう無理もできなかったのだろう。しかも、後半に入るとあの広島が自陣に引き籠りゴール前を固めてしまったのだ。満足できる結果ではないけれど、中盤の奪い合い、潰し合いを堪能することもできたし、緊張の途切れないよい試合だったと思う。

しかしまあ、それでも敢えて難をいえば、長友のサイドアタックと城福監督の選手交代が残念に思えた。長友はやはり万全ではないのか、縦への仕掛けに乏しく、おそらくその影響があったのだろう、とくに後半は東京の仕掛けが右に偏りがちだと感じた。広島のレベルに勝ち切るには、左右が万全でなければ難しいと思う。また、城福監督の采配については、これはとても難しい判断を求められたと思うけれど、広島に比べると選手交代が後手にまわってしまっていたのが残念に思える。バランスのよいチームに手を加えるリスクは確かにあるのだけれど、夏の暑さ、連戦後の選手の体調面、観客の熱のことなども考慮すると、もっと早めに動く選択肢もあったと思う。というか、動いてほしかったなあ。

終了後は、下北下車。徒歩。立ち寄ろうと思っていた蕎麦屋が閉まっていたのでそのまま歩き、スーパーで食材を買って帰る。で、焼きそばとビール。例年にくらべ、今年は自宅でビールを飲む機会が増えた。
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2009年07月20日

「69猥景」 此岸と彼岸の狭間で

荒木経惟 『69猥景』 (タカ・イシイギャラリー)

荒木経惟による6x9モノクロームの世界。

araki_69.jpgタイトルの通り、6x9判にて撮影されたモノクローム・プリントの新作は、どの写真も密度が濃く、なんといえばいいのだろう、水の世界から抜け出たばかりのようなしっとりとした質感があった。景色や裸体はもちろんのこと、もっとぎらぎらしているはずの道端ジェシカのような若いモデルたちの佇まいでさえ、その憂いのある眼差しも含めて、しっとりと濡れてどこか哀しくみえたのである。技術的なことはよく解らないのだけれど、このいかにも写真らしい湿度ある奥行きは、きっと撮影で使用された6x9カメラとどこか関係があるのだろう。こうした写真の特徴と、被写体から洩れでる吐息のようななにものかを捉えるアラーキーの技とが見事にシンクロして、この「猥景」の世界がかたちづくられたのだと思う。

世俗と離れた異空に身を置いているような気がして、それが心地よかった。かといって「猥景」であるから決してクリーンなわけでもなく、もっと中間的な、この世界と水の世界の間にあるどこかに身を漂わせているような気がした。
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2009年07月19日

「瀕死の双六問屋」 僕もそのうち死ぬだろう

忌野清志郎著 『瀕死の双六問屋』 (小学館文庫)

この時、彼はすでに瀕死の状態であった。

dying_kiyoshiro.jpg五月二日、彼が亡くなって以降、うしろめたい気持ちをずっとひきずっている。振り返ると、忌野清志郎とはずっと縁が薄かった気がする。きっとタイミングが悪かったのだろう。RCサクセションがブレイクしたときは僕はまだ中学生で、学内のヤンキーたちが矢沢永吉やクールスなどと並べて彼らを崇めていたという背景もあり、ヤンキー文化とは無縁であった僕はRCを当然の如くスルー、その後、大学生になってやっと『Please』と『Blue』、そして少しとんで『RAZOR SHARP』、『COVERS』を聴いたのだった。しかも、どれも自腹で買ったのではなく他人から借りて聴いたのだ。しかもこの頃、RCはすでにピークを過ぎていて、ライヴ活動もとくになかったと記憶している。当時、ガイタレが来ない地方都市で暮らしていた僕は、ストリートスライダース、泉谷しげる(当時のバックバンドは豪華だった)、憂歌団、シーナ・アンド・ロケッツ、ローザルクセンブルク、それに駆け出しのエレファントカシマシなど、日本人ミュージシャンのいろいろなライヴを観ていたのだけれど、結局、清志郎の姿をステージで観る機会には恵まれなかった。そしてその後も、これからも、彼のパフォーマンスをみる機会は永久にないのだ。

そうした疎遠の中、リアルタイムで唯一の接点となったのがこの『瀕死の双六問屋』だった。当時、僕はこの連載を楽しみにしていたのだ。そして深く共鳴していた。音楽を聴くように彼の文章を読み、それから自分の人生を少しだけ狂わせたのだ。2000年には二度目の転職をして、その翌年には先を決める間もなくまた退職した。阿呆な上層部と揉めてしまったのだ。会社とは、その上層とは、人をかくも阿呆にしてしまうものなのかと呆れてものもいえなかった。そうこうしてぶらぶらしているうちに、歌舞伎町の雑居ビルで火災、その直後、ニューヨークで超高層ビルの崩落、そしてアフガニスタン紛争の勃発など、無数の罪無き人々が続々と死に、ああ、こうしてすべては終わりに向かうのだなあ、などと思いながらうちに籠もった。もうなにもしたくなかったし、関わりたくなかった。

以来、いつか読み返したいと思っていたのだけれど、彼の死がそのきっかけになるとは思いもよらなかった。芸術について受け手ができることといえば、その作品に直接ふれて心揺らすこと、その想いを誰かに伝えること、そして自腹のカネをなんらかのかたちでそのつくり手にまわすことだと思う。ではその受け手として、僕は忌野清志郎になにをしてきたのだろう。本作の連載中に活動していたラフィータフィーの音を初めて聴いたのは彼の死後であった。そしてその音に愕然とした。予想よりずっとかっこよかったのだ。当時、瀕死状態であったにもかかわらず、彼は至上のバンドサウンドを編み出していたのだ。しかもそれだけではない。その前のタイマーズも、おまけにアルカイダーズ、セムシーズですら締まったよいサウンドを響かせていたのだ。彼の死後、ネット上でその映像を漁りつくすように観て、その素晴らしさがようやくわかってきた。後悔さきに立たず。

忌野清志郎は、当時からずっと瀕死状態だった。ただ、このときの「瀕死状態」は、言い換えれば「絶望状態」だったといえる。腕に自信があり、実際、いい音を出していたにもかかわらず、上層部のわけのわからん圧力でその仕事が握り潰され、世間はその在り様を見て見ぬふり、自分はこの腐れきった世界相手にどうやって才能を発揮すればいいのだ、と彼は深く失望していたに違いない。本書を読み返していてもその絶望がひしひしと伝わってくる。まだ前半は文末に「もうしばらく君のそばにいる」などと優しい言葉が添えられているのだけれど、後半に入るとそのフレーズも消えうせ、ただ荒涼とした心象風景が綴られながら文章が結ばれていくのだ。ブルース。哀歌である。そしてこの『瀕死の双六問屋』以降の連載では、さらに彼の態度が投げやりに変わっていく。つまり、この世は清志郎を黙殺し続け、長い長い年月をかけてこの五月にその目的を達成したのである。この世界が忌野清志郎を殺したのだ。少なくとも、僕にはその実感がある。

最後の町田康による解説、清志郎本人によるあとがきが心に沁みた。僕は僕なりの姿勢でこの世界と向き合うしかないのだろう。
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2009年07月18日

旅、都議選、代休

二週連続の三連休。その一週目とその後。

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7月16日(木) 曇り

この日は出張。品川から新幹線に乗り、昼前に現地到着。アポの時刻まで少し余裕があったので、街を歩いた。

この街は、たしか五年ぶりだ。前の会社で仕事をしているときは、いろいろと縁があり月に一度は足を運んでいたのだけれど、辞めて以降はまったくの無縁。でもまたこうして商用で来る機会があったりして、歩きながらいろいろと思った。街が変わっている。大型の商業施設が増えた。でもそのわりに活気は感じられない。

商談。もう頭にくる。そもそも話の前提に行き違いがあったのだ。というか、それがあいつらの常套手段だ。彼らはいつもそうなのだ。それは状況が違う、部署が違う、担当が違う、と言いながら誤魔化し誤魔化し、条件を自分たちの都合のいいものにすりかえようとするのだ。すべてのリスクをこちらに負わせ、自分たちはおいしいところだけ、その上澄みだけを舐めてへらへらしようとする。あいつらは人間の屑だ。しかし忘れてはならないのは、この卑怯が昔から今も変わらぬビジネスの現実であるということ。この世に生まれ出る富の量は限られている。その限られた富に仕切り線を引き、取り合うのがビジネスなのだから、こうした屑野郎がいくら湧いて出ようがなにもおかしくはないのだ。むしろ、経済界では強欲こそが「優良」であると見做されている。楽に(低コスト)、ガッポリ(高利益)が理想なのだ。優良企業は強欲企業の別称である。

テンションが下がり気味だったので気を取り直し、奮発して鰻屋へ。ひつまぶしをいただく。さすが午後三時前でも並んで入る店、鰻の食感、タレの深みが絶妙。店の人たちの感じもよい。満たされて、それから市街を歩き、ほかの商業施設を眺める。

帰り際。今回の商談のきっかけとなった担当者に挨拶に行く。が、「電話中」という理由で挨拶を断られる。私は今回のような話には乗らないことにしているのだが、彼女が私の商品を個人的に気に入り彼女の東京出張中に自腹で購入した、という話を聞いて重い腰を上げたのだ。しかしその結果がこれである。私は繋いでくれた店員に礼をいい、すぐにその場を去った。

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新幹線の中、珍しくビールを飲む。今年は例年よりビールを飲む機会が多い。窓外を眺める。私には創意工夫がある。

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7月12日(日) 晴れ時々曇り

観戦前に投票所に立ち寄る。今回は投票率が若干上がり、そのほどんどを民主が取るだろうと予想して、自民対民主の狭間でほかの候補者が埋没してしまわぬよう、その人に票を入れた。基本、地方行政と国政の性格は異なるはずで、今回の選挙があたかも二者択一であるかの如く捉えられていたことに違和感を覚える。

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7月11日(土) 曇り?

新宿へ。親の話を頼りに、かつて住んでいたという界隈を訪ねる。その家の、隣だか路地を挟んだ向かいだかにクリーニング屋があって、その建物がまだ残っているというのでそれを目印に歩いた。たぶんここだろう、という場所でシャッターを切る。同棲時代の青春がここに(?)

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その後、ふらふらしながら後戻り。下着と靴下を購入して、帰宅。

*****

7月10日(金) 晴れ?

代休。この日は寝坊しようと思っていたのに、こんなときに限って早く目覚めてしまうのだ。二度寝するのに一時間以上かかった。

午後、蕎麦を食して渋谷に移動。ぶらぶらしてから映画を観る。

代休をとって観た映画: ウディ・アレンの新作
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2009年07月16日

「グラン・トリノ」 すべては未来のために

クリント・イーストウッド監督 『グラン・トリノ』 (渋谷TOEI2)

原題: 『Gran Torino』

未来のために、過去を葬る。

gran_trino00.jpgこれが、自身が出演する最後の監督作品になるという記事をどこかでみた。そういわれてみると、たしかにこの作品はクリント・イーストウッドの生前葬のようなつくりをしていたと思う。彼の遺言となる本作のテーマは、『ミリオンダラー・ベイビー』(過去記事)と同じく"Tough ain't enough"ということになるのだろう。未来をつくるためには、タフなだけではいけないのだ。彼は本作の中で、そのメッセージを彼自身の身をもって表現した。そして棺の中に身を横たえ、合衆国という共同体を強欲の白人たちにではなく、古風で素朴な性格を持つ移民たちの手に委ねたのだ。

あの決定的な事件が起きるまでは、どちらかというと、作品世界にどこかほのぼのとした雰囲気があった。孤独な男とモン族一家がみせるつつましい交流。その過程ではいくつかの小さな事件があったけれど、しかしモン族がみせた誠実さや、その後の微笑みがその歪みを掻き消してくれた。その中でもとくに印象に残ったのは、モン族がみせたあの過剰なまでの贈与の行為である。そうした様々なかたちの交歓を通して、互いの心は徐々に通い合っていったのだ。しかし、あの忌まわしい事件をきっかけに、世界は暗転する。この極端な転調はとくにひねりもなくまっすぐに演出されるのだけれども、その身も蓋もない残酷さが暴力の暴力らしさを際立たせていて、そこにイーストウッド監督の本作に対する強い思い入れが籠められているように思えた。

世代交代。そしてタフな男像の倒壊の描写は、偶然にも先日みた『ウェディング・ベルを鳴らせ!』(過去記事)と通じていると思った。やはり、時代は変化していくのだ。そして変化させていかなければならないと思う。とりあえずぱっといけばよい、ぶっ放せばよいというものではないのだ。
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2009年07月13日

熱気の味スタ

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7月12日(日) 晴れ時々曇り

ここ最近、石川が神がかっている。今日もそうだった。開始三分、前線でボールを持った彼は、そのまま相手ディフェンダーを引きずるようにドリブルを仕掛け、強引に右足を振り抜き、あっという間にゴールを決めてしまった。驚愕のゴールシーンであった。思えば、今季、彼がみせたゴールはどれもスーパーであった。もちろんゴール自体も素晴らしかったのだけれど、そのうえ、先制、勝ち越し、といった勝負を左右する貴重なゴールばかりだった。今日も、彼は価値ある先制ゴールを決めた。

ただ、好調なのは石川だけではない。彼自身が言うように、いまはチーム全体がよい状態にある。いまでは、春先のあの不調はいったいなんだったんだろう、と思えるほど質のよいサッカーをしている。当時、懸念していた選手間の距離の問題はもちろんのこと、ボールのないところでの動き、パスを受けるための動きも改善されている。なにより、選手が自信を持って活発にプレーしているところがよい。これもトレーニングの積み重ねによる賜物なのだろう。城福監督の手腕に敬服する。

とはいえ、まだ中盤で行方の曖昧なパスが目立つ。ここはもっと精度を高め、ボールを大切にしてほしい。あと、後半出場した田邉、彼のプレーをもう少し長い時間みてみたい。足元の技術に優れ、スピードもある。中盤でよいアクセントがつくれると思う。

今日は客入りもよかったけれど、それ以上に熱気が感じられた。これも連勝の効果なのだろう。石川が言うように、今日に限らず、この夏、熱く痺れるゲームが観られることを期待したい。僕もできるだけスタジアムに足を運ぼうと思う。
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2009年07月11日

「阿修羅のジュエリー」 きらきらしさの魅力、生命の華

鶴岡真弓著 『阿修羅のジュエリー』(理論社)

阿修羅がまとうジュエリーに着目し、時空を超えて、シルクロードを巡る。

ashura02.jpg予想以上に発見があり、読み進めながらわくわくした。人はなぜジュエリーに惹かれ、それを身につけたがるのだろう。本書にあるように、光を生命の象徴と捉えてみると、人は、太古の昔から、ジュエリーのきらきらしさの中に生命の力を重ね合わせ、それをまとうことによって自らの生命力そのものを増進できると信じてきたのだと考えられる。たしかに、いわれてみると、光をまとうことは生命力を高めることに近しい行為であるような気がしてくる。だから、古代から現代に至るまでの長い間、ジュエリーはその価値を保ち、高め続けることができたのだろう。

太陽神である阿修羅の起源ペルシャ(過去記事)、あるいは中央アジアを源として、その東西に伸びる経路を辿りジュエリーは往来した。西方からみると、東方は富が湧き出すきらきらしい異界であり、彼らはその輝きに魅了され、狂い、欲望のままその支配に乗り出そうとする。「支配とは、魅了されること」(p.216)という鶴岡さんの言葉は女性ならではの視点から発せられているのだと思うけれど、言われてみると、なるほどその通りだと素直に納得できる。

また、本書は、ジュエリーに限らず阿修羅の装飾の魅力を教えてくれる。読み進めていると、彼(?)が身につけるほかのアイテムもたいへん興味深く思えてくるのだ。とくに、条帛のドレープづかいや、裙にほどこされたオリエンタルな花文様などは見事に今秋のトレンドと重なっていて驚かされるのだけれど、その花文様を「地上の星」と見立て、それは「天上の花」である星(きらきらしいジュエリー)と呼応しあい、生命の光を絶やさぬようきらきらと輝き続けるのだという指摘には魅了された。

プリミティブに向かおうとするモードの流れと阿修羅像の人気の間には、人間の無意識を背景として、なにかしら摩訶不思議な繋がりがあるように思える。実際、私が見た阿修羅像は、最新のコスチュームに身を包み、スポットライトを浴びて、大勢の人たちに取り囲まれ、あたかもロックスターの如くであった。あれほど多くの人々が阿修羅像に魅了され、あるいは、阿修羅のようなコスチュームを身にまといたいと欲望するのはいったいなぜなのだろう。私たちは、そこで何を発見し、見直そうとしているのだろうか。
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2009年07月06日

週末

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7月4日(土) 曇り

昼、蕎麦を食べてそのまま地下鉄に乗り、表参道で下車。うろうろして、ベルトとシューズを買う。どちらもよい買い物であった。

いったん帰宅後、夕刻に再度外出。茅場町下車。人生初となる詩の朗読会へ。先日、画をみにいった際、直々に案内があり、せっかく声をかけていただいて、それにその企画、会場を軽く流してしまうのはもったいないという思いもあって、参加を決意。で、行ってよかった。が、おのれの集中力の欠如を痛感。

夜、自宅で神戸vs東京をTV観戦(録画)。いまの東京はとてもよい。

*****

7月5日(日) 曇り

昼、蕎麦を食べてそのまま地下鉄に乗り、上野にて下車。待ち合わせて、ブルガリアン・ヴォイスのコンサートを観る。当初は、中沢さんのイベントに行くつもりで、抽選にも当たってわくわくしていたのだけれど、金曜の夜、知人から招待されて急きょ予定を変更した。ブルガリアの人からブルガリアのイベントに招待されたら、それはもう行くしかないだろう。しかも、以前からバルカンがらみで面白い情報があったら教えてほしいと伝えてあったのを憶えていてくれて、今回、本当に連絡をとってくれたのである。さらに大使館経由でチケットまで手配してくれて、彼女はなんて親切なんだろう。たがいの立場を越え、プライベートを共有できたのもよかった。じつは、彼女は転職斡旋のエージェントであるのだ。正直、僕はその職業があまり好きではない。が、それはきっと人それぞれなのだろう。なんてことを考えつつ、これがふたりだけの企画ではないことに落胆などしていないと言い聞かせつつ、観賞後すぐに解散でも拍子抜けなどしていないと脳内で復唱しつつ、ひとり渋谷へ。うろうろして、帰宅。

*****

少しだけいつもと違う週末を過ごした。小さな冒険をした。その甲斐はあっただろうか。というより、たいせつなのはその姿勢だと思う。できるだけ縮こまらず、場違いをおそれず、これからもいろいろな経験を積み重ねていきたい。


以下、いまだ記録できてない諸々を羅列しておく。

阿修羅のジュエリー、グラントリノ、不確かなメロディー、69猥景、阿修羅展、瀕死の双六問屋、夕子ちゃんの近道、緑の資本論、瀧口修造の光跡、ブルガリアン・ヴォイス。
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