2009年09月22日

帰国

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昨日、帰国。

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9月14日(月) 晴れ

いつもより少し早めに起床し、仕度。地下鉄、バスを乗り継いで空港へと向かう。が、なぜか気分はいまひとつ。数件のメール。うまくない蕎麦。出国。搭乗。今回は日航の直行便をつかう。機内で新聞を広げると、一面に日航資本提携の記事が。で、機内食も下落。

夕刻、空港着。タクシーにて市内のホテルへ。チェックイン。軽く荷解き。散歩がてら食事する場所を探すが、気分がやや抑鬱ぎみなせいかどこにも入る気がせず。結局、ホテルのさえないレストランでリゾット。味はまずまず。しかし赤のグラスワインは水のよう。で、部屋に戻り、入浴。その後、少しだらだらしてから就寝。

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9月15日(火) 雨

この日はリサーチと称して市内を歩き回る。が、あいにくの雨で足元はずぶ濡れ。でも歩き続ける。しかしこれといって面白いものもみつからず、おまけに取引先から携帯にたびたび連絡が入ったりで、しばしば立ち往生。ふたつの手で、傘と、バッグと、携帯と。

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ランチは水辺のピッツェリアで。その後、地下鉄にて移動。例のバールで白ワインをいただく。バールと太宰治のコントラスト。この店、仕組みがやはり面白くて、最初にカウンターで「ヴィーノ・ビアンコ」っていうと手際よくそれがでてきて、グラスを手にとりそのまま好きな場所でそれをいただくのだけれど、その間、金銭、伝票類のやりとりが無い。で、帰り際に会計用のカウンターにおもむき、「ヴィーノ・ビアンコ」って言って会計を済ますのだけれども、これもあくまで自己申告で、この曖昧さが心地よい。ワインも美味。でも、グラスで去年の5ユーロから7ユーロに。

夕食はいつものところで。スパゲティ・ポモドーロとズッキーニをソテーしてオイルまみれにたやつをいただく。味はまずまず。赤ワインはグラスで。これもまずまず。

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9月16日(水) 雨のち曇り

朝、まずブースで皆に挨拶。こちらでは、皆が普通に挨拶するので気分がよい。現地語も上達していると褒めてもらえた。まだ挨拶だけなのだけれど。午前はPCをつかって準備作業。軽食後、ゆらゆら。プロセッコで乾杯。

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三時過ぎ、会場を後にして別会場へ。古い邸宅をつかったスペシャル・プレゼンテーションなのだが、効果はいまひとつ。しばらくそこに留まり、社長に挨拶して退散。

会社から来ているほかの人たちと、例のフリーランスと合流して夕食。会社の人といると、リストランテが居酒屋のように感じられる。晩、寝付けず。

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9月17日(木) 雨のち曇り

終日、ブース内、その周辺の会場内ですごす。午前はひま。午後に二件の業務。で、あっという間に夕刻、挨拶をして、退散。その間、うまいプロセッコを二杯。

退散時、フリーランス合流。そのまま夕食に誘われ、フリットとパスタ。その後、ジェラート。で、食事中にフリーランスから意表を突く提案を受ける。ただ、その内容は驚嘆するものではなく、これまで自分で夢想していたものと同じであり、それを彼の提案というかたちで受けたことに意表を突かれてしまった。思惑の交差。ピンチはチャンス。チャンスはピンチ。

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9月18日(金) 晴れ

じつは、昔の取引先がこの展示会に復帰していた。社長自らがオーダーをとり、シートに書き込んでいて、その姿が強く印象に残る。あと、10年ほど前まで属していた会社の社長夫妻と出くわす。因縁。この日は終日ひま。ひま疲れ。

夕刻、そろそろ退散しようかなあなんて思っているところに、表彰のニュースが。で、皆で受賞を祝う打ち上げが始まる。その間、プロセッコを三杯。昼間はエミリオにそそのかされて二杯。計五杯。エミリオは、プロセッコを呑みたいときに必ず僕を道連れにする。僕が断らないことをもう見抜いているのだ。つくづく駄目な男である。

夕食はホテル近くのピッツェリアで軽く。夜間、部屋で業務。

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9月19日(土) 曇り

業務最終日。午前まとめ。午後、書類を渡して軽くミーティング。その間、プロセッコを四杯。

夕刻、またフリーランスが合流して、夕食に誘われ、食べて、呑んで、また例の提案について話す。肉屋で肉とドイツビール。どちらも美味。フリーランスもたいへんなご時世なのだと思われる。さて、どうしようか。

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9月20日(日) 晴れ

荷造り、朝食、チェックアウト。タクシーにて空港まで向かう。道中、いつのまにか気分が晴れている自分に気づく。運転手が親日家らしく、会話するときの声もやや弾んでいるように感じられる。この仕事に携わってもう三年目なのだけれど、取引先と確かな信頼関係を築けてなによりそれが嬉しい。ある時を境に、フリーランスの態度も豹変した。仕事の質、姿勢がなにより大切なのだとこの三年で確信した。忌野清志郎。遠い遠い国だけれども、自分の仕事を必要としてくれる人たちがここにいるのだ。

ヒースローにて乗り継ぎ。で、空港内のパブ的な店でサッカーをタダ見。なんと、マンチェスター・ダービーを中継していたのだ。僕以外にも、多数の馬鹿がなにも注文せず店内で立ち見している。が、店員もそれをあたりまえのことのように受け入れていて、これはよい姿勢だと感心した。で、さすが本場、シュートがわずかに外れるときのリアクションはまるでスタジアムのよう。場がじわじわ盛り上がってゆく。ユナイテッド、シティ、それぞれ一度ずつゴールシーンをみたけれど、シティの方が盛り上がった。うなだれるリオの姿にまた盛り上がったり。ここで僕はビールを注文。しかしその直後にユナイテッドが勝ち越し、場が「ちぇっ」って感じになってすぐに試合が終わり、人がぞろぞろと店から出てゆく。しかし、ビールは美味であった。

搭乗。爆睡。入国。メール。帰宅。荷解き。洗濯。近くの蕎麦屋で秋茄子と新生姜の揚げ出し、穴子天せいろ、日本酒を二杯いただく。せいろはおかわりを一枚。で、いつもと同じ分量であった。

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機内で観た映画: 「ハゲタカ」、「俺達に明日は無い」

「俺達…」は途中で切られる。「ハゲタカ」は本が練られていて面白いと思えるけれど、画が寂しく、展開も忙しいのであくまでもTVドラマ向けだと思う。

読了本: 「汚穢と禁忌」
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2009年09月13日

「富嶽百景」 純粋の美とはなにものか

太宰治著 『富嶽百景・走れメロス』 (岩波文庫)

芸術が私を欺いたのか。私が芸術を欺いたのか。結論。芸術は、私である。(p.238)

fugaku02.jpg太宰治を読むのはおよそ四半世紀ぶり。久しぶりに読んでみたけれど、あの頃と同じような心持ちで読むことができて、それが新鮮に感じられてよかった。

流れるような、柔らかな文章の中に、思わずはっとさせられるフレーズがある。短篇集なのだけれど、その並びもよい(あとで確認してみたら、時系列に並んでいただけだったのだけれど)。いろいろな文体のヴァリエーションもあって、しかしそのどれもが太宰治らしく感じられ、つくづく言葉の扱いのうまい人だなと思った。

十代の頃、本ばかり読むと馬鹿になると思っていたので読書はしなかったけれど、それでもいくらかの小説を読み、あの頃は、たしか太宰治を好んでいたと記憶している。当時、彼の小説のなにがよかったのだろう、思い返してみると、やはり心地よい言葉の流れと、それになにより、彼の創造に対する真摯な姿勢にうたれたのだと思う。全身全霊をかけて、芸術に身体ごとぶつかってゆくその態度に共鳴していたのだ。

美しさに、内容なんてあってたまるものか。純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ。(p.108)

しかし純粋に美を求める存在をこの世がゆるすわけはなく、彼もまた瀕死のまま作家活動を続けなければならなかった。絶望の中、海に身を投げ、首を括り、それでも死ねずに七転八倒。いったい純粋の美とはなにものなのか。それにしても、この世はなんて滑稽で哀しい成り立ちをしているのだろう、と想いをめぐらせながら、窓から遠い西の空を眺めた。

人は、いつも、こう考えたり、そう思ったりして行路を選んでいるものではないからであろう。多くの場合、人は、いつのまにか、ちがう野原を歩いている。(p.236)
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2009年09月07日

味スタ、ファイナル進出

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午後、半時間ほどごろりとなり、それから徒歩にて下北沢、京王線に乗り、味スタまで。途中、はっぴ姿のひとたちが神輿を担いでいて、出店もあり、祭りか、と季節のことを思った。

試合は、東京が勝ち、ファイナル進出を決めた。とくに前半はよかったと思う。ボールを保持し、回し、そして幾度となく決定機をつくった。先制の時間帯も文句なしによかった。平山があんなスーパーなヘディングを決めるとは、意表を突かれ、興奮した。

守備もよかった。サイドを崩されることもなく、ヨンセンに仕事をさせず、東京が終始ゲームをコントロールしていたと思う。茂庭も、じつは少し心配だったのだけれど、ラインを下げすぎることもなく(本当はもっと上げてほしかったけれど)、与えられた役割をそつなくこなしていた。

あとはまあ、あえて難をいえば、前半で追加点が奪えなかったり(前半だけで3−0にできていたはず)、最後の15分、サッカーを棄てて自陣を固めたりしたことが残念に思える。あれだけ決定機があったのだから、前半でせめて2−0にしておけば、もっと楽に試合を運べたはずだ。そのためには、最後の局面における判断、技術が必要となる。選手たちには、次のファイナルも含め、ぎりぎりの経験を多く積み重ねて、いわゆる決定力に磨きをかけてほしい。

次はファイナル。いいサッカーが観たい。
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2009年09月06日

「それでも恋するバルセロナ」 満たされぬ欲望、アメリカ

ウディ・アレン監督 『それでも恋するバルセロナ』 (ル・シネマ)

原題:『VICKY CRISTINA BARCELONA』

ふたりはバルセロナに旅立つ。そして出会う。

vicky_cristina_barcelona03.jpgアメリカに対する強い皮肉を感じる作品だった。今に満足できないアメリカ女がふたり、ひとりは足りないもの探しに積極的、もうひとりは消極的な態度をとり続けるのだけれど、そのふたりがバルセロナで芸術家と出会い、恋をして、で、その恋心を捨て去るまでの過程が喜劇的に描かれている。

強欲のアメリカ。クリスティナがあのふたりに別れを告げたときに、ペネロペ・クルス扮するマリアが彼女を罵倒するのだけれど、なぜかその態度、言葉に共鳴した。たしかに、マリアとアントニオはクリスティナに多くのものを与えていた。その最大の贈り物はやはり愛なのだと思う。クリスティナはその愛を全身に浴び、彼らとの暮らしを謳歌していたはずなのだけれど、ふと心変わりをして、ふたりのもとを離れることを決意したのだ。その理由はよくわからないけれど、思うに、彼女はもっと確かなものが欲しかったのかもしれない。心が満たされていたとしても、その暮らしがふたりの(気まぐれな?)芸術家に支えられていたとしたら、そしてその暮らしが彼女の知る秩序の外に位置していたのだとしたら、おそらく、彼女はその満ちた世界が孕む不確実性にどこか不安を覚えていたのだと思える。あるいは、彼女はふたりの愛をすでに消費し尽していたのかもしれない。とにかく、クリスティナはそこを離れることにしたのだ。彼女は盗人であり、裏切り者なのである。

創造する者は、奪われ、その挙句に狂人扱いされなければならないのだろうか。バルセロナの休日は、アメリカ女たちの心の中にいったいなにを残したのだろう。非日常を消費し、再び日常に帰る者、あらたな非日常を求めて旅立つ者。いろいろあるのだろうが、どちらにしても、彼女たちの心がアメリカから離れることはないのだろう。あのラスト、彼女たちの姿は囚われ者のようにみえた。その行く末に自由はあるだろうか。幸福はあるのだろうか。
posted by Ken-U at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

ハケン #2

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もう一ヶ月以上も前のことになるけれど、先々月の下旬、販売スタッフのOさんにクビを言い渡した。クビといっても彼女は派遣なので、契約更新しない旨を伝えたのだけれど、まあそれはクビと同義だ。派遣会社の担当営業に伝えて本人に連絡してもらう方法もあったのだけれど、これは相手の顔を見ながら直接伝えるべき事柄だと思い、まず彼女と会って話しをした。

しかしいざ本人を目の前にすると、はいクビです、とはなかなか言えないもので、まずはそこに至るまでの経緯から話し出したのだけれど、そこから本題に切り込むことがなかなかできなかった。で、なんやかやと冗長な説明が続くうちに、彼女は僕の意図を察したようで、表情を曇らせ、首をうなだれて、そして「はい、わかりました」と呟いたのだ。うつむいたまま、しょうがないですよね、とも言った。

Oさんはこの商売が本格的にスタートしたときからの仲間だ。以来、二年ほどの付き合いになる。で、入店して半年ほどで結婚し、派遣だと同僚からの祝いもないよなあ、なんて思ってマリアージュ・フレールのセットをあげたのを憶えている。控えめな性格の彼女は突然のギフトに照れて、もじもじした。

僕は今の会社でこの商売を始めるときに、数字を理由に販売スタッフに過度な圧力をかけたり、クビにしたりはすまいと誓っていた。が、やむを得ない理由があるとはいえ、その決意からたった二年で誓いを覆し、Oさんをクビにしてしまったのだ。彼女はなにも悪くないのに。

ミーティングを終え、店を出ると、雨。空を見上げ、シャッターを切った。
posted by Ken-U at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

スペイン開幕

スペインリーグが開幕した。が、残念なのは、あの中村がエスパニョールに移籍したことで、こうなってしまうと、4ゲームの放送枠のうちの3ゲームを、マドリー、バルサ、エスパニョールの3チームが占めてしまう。となると、残り1ゲームを、ヴァレンシア、セルビア、ビジャレアルで争うことになり、これではたぶんビジャレアルが不利になってしまうだろう。今季は、ビジャレアルのゲームを何回みることができるのだろう。寂しい。

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リーガ・エスパニョーラ 第1節

バルセロナ vs スポルティング・ヒホン

barcelona09083106.jpgバルサがヒホンを圧倒した。完勝であった。要所に新メンバーが加入しているバルサはまだ本調子ではないようにみえたけれど、それでもパスが回るし、セットプレーから手堅く得点することもできていたし、開幕としては申し分のないゲームだったと思う。とくに、昨季いまひとつだったボウジャン、ケイタがよい働きをみせていて、そこにチームの底上げを感じた。これにさらに、アンリ、メッシ、イニエスタだとかいろいろと加わるのだ。えらいことになるのではないか。

で、ズラタン。まだ体が重そうだったけれど、超人的な切り返しなどを随所にみせ、予告編としては上々だったのではないかと思う。挨拶代わりのゴールも決めたし。実は、僕はこの選手をあまり好きではなかったけれど、少し前とは雰囲気が変わっていて、調べてみると、彼はバルカン系の移民二世であることがわかり、単純なのだけれども好感度が上がった。なんかこう、勝手に和解したというかなんというか。今後のズラタンに期待したい。

ただ、グジョンセンの移籍には落胆した。今季のバルセロナで残念なのは、このグジョンセンとフレブがいなくなったこと。ふたりともよい選手だったし、バルサで活躍する姿をみたかった。

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アスレティック・ビルバオ vs エスパニョール

選挙の行方を眺めつつ、観戦しつつ。それにしても、退屈なゲームだった。蹴り合いで、ボールのおさまりどころがない。中村も消えていたし、やはりエスパニョールはデラペーニャがいないと駄目ってことなんだろうか。ただ、ゴールシーンはよかった。それに、中村が絶好の位置のFKを自分で蹴ったのもよかったと思う。譲る必要はないのだ。あと、ビルバオでは、ゴールを決めた選手と、まだ若いらしい超絶ドリブラーが印象に残った。
posted by Ken-U at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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