2009年10月25日

「TAI REI TEI RIO」 自由と成熟のつながり、そこから湧き立つもの

高木正勝 『Tai Rei Tei Rio』 (EPIPHANY WORKS)

高木正勝のライヴ・アルバム。音源は、あの時のコンサート・ツアーから(過去記事)。

tai_rei_tei_rio.jpg最初に聴いたときは、正直、少し物足りなく感じてしまったのだけれど、それは本作にあのコンサートそのままの臨場感を期待していたからで、そもそもライヴの昂奮をそのままパッケージ化することなどできるはずもなく、そう考え直せば、これはこれでよいアルバムだと思える。

とても気に入っているのはtrack#3の「Ana Tenga」、その前半部分で、ピアノの旋律がゆらぎながら崩れるようにしてリズムの波の中に溶け込む音の流れに恍惚となる。あとは、「Ceremony」の吐息であるとか、ほかにもいろいろな細かい音が重なり、繋がりあいながら摩訶不思議なグルーヴを醸していて、特設サイト(link)の情報によると、このコンサートではこれまでより各メンバーによるインプロヴィゼーションを尊重したということなのだけれど、その効果か、以前の「Private/Public」(過去記事)より演奏の自由度が増しているぶん音の奥行きに深みがあり、ライヴ全体の成熟度が進んでいるように感じられる。それで聴いていて、耳触りが柔らかい。だからついつい繰り返して聴き込んでしまう。

自由度が増すことで成熟が進む不思議。そこに音楽の魅力が隠されているのかもしれない。
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2009年10月20日

ARSENAL + BARCELONA

イングランド・プレミアリーグ 第9節

アーセナル vs バーミンガム

arsenal09101704.jpgアーセナルが地力の違いをみせつけた。開始20分までに2得点。こうなるともうアーセナルの勝利はほぼ間違いないのだけれど、しかしこの日のバーミンガムのよいところは、この絶望的とも思える状況から1点を返し、さらに同点に追いつかんと奮闘したところで、しかしまあ、それでも同点はないだろうなあなんて思いながらゲームの行方を眺めた。W杯予選明けという日程もあり、アーセナルの選手たちも少し緩んでいたのだろう。長い時間1点差だったとはいえ、さほどハラハラ感はなく、アーセナルの余裕が目立つ抑揚の少ない好ゲームだった。

しかしこうも地力に差がつくと、いくらアーセナルがよいサッカーをしているといっても、嗚呼どうせ勝つんだろうなあやっぱり、なんて思いながら観戦するので、ついつい意識が散漫になってぼんやりしがちになる。サッカーは拮抗していた方が緊張するし、その拮抗の破れる瞬間に湧きあがるあの興奮がたまらないのだ。あれは、いくら経験しても飽きることがない。なぜかまたすぐ欲しくなってしまう。

*****

リーガ・エスパニョーラ 第7節

ヴァレンシア vs バルセロナ

ヴァレンシアが意地をみせた。ズラタン、アンリ抜き、メッシもW杯予選明けでたぶん調子がいまひとつだったのだろう、しかしヴァレンシアにしても代表選手を抱える状況にはかわりがないので、これはヴァレンシア復活の兆しなのかもしれない。しかし、ビジャはどうしたのだろう?
posted by Ken-U at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

「ゴーギャン展」 内なる野生、楽園と孤独、死

『ゴーギャン展』 (東京国立近代美術館)

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

gauguin.jpg彼のアマチュア時代から最晩年期に至るまでの作品群をほぼ時系列に眺めた。そしてその作品群の流れとともに、株式仲買人として裕福な生活を送っていた彼が、株式相場の大暴落をきっかけに画家となり、やがて近代に背を向け南を目指し、孤島に漂着して、その地で果てるまでの半生をおおまかに追うことができた。

強く印象に残った色彩は朱と緑のコントラスト。この二色の組み合わせから思い出したのは阿修羅像(過去記事)で、古代的といえばいいのだろうか、この色合いの意味について想いを巡らせてみたり。また、近代社会に対する嫌悪から未開の地をある種の楽園と見立てていた彼が、彼の地とキリスト教の寓話を重ねて描くことの意味、あるいは限界のことなどを思った。

たしかに、人間は野蛮な生き物だと思う。日々の暮らしの中でもそれを痛感する。たとえば孕ませた女を置き去りにし、そのまま棄てるのも人間の抱える野蛮の一部なのかもしれないけれど、そうした男のエゴと、近代帝国主義と、生と死と、世俗まみれの情事から高次の思想に至るまで、その混沌を原動力に情熱と失意の反復の中を生きたのがゴーギャンだったのかもしれない。いったい彼はなにを思いながら絵筆をとり、死んでいったのだろう。南の楽園で最期を迎えた彼は、幸福だったのか、あるいは不幸だったのだろうか。彼が見出せなかったなにかを、我々はみつけることができるのだろうか。
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味スタ 明と暗

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10月17日(土) 曇り

約1ヵ月半ぶりの味スタは13時キックオフ。土曜にしては早起きして下北でラーメンを大盛。その後、京王に乗りスタジアムを目指した。

前半は柏の守備が目立った。とくに、梶山と平山の縦のラインを潰そうとする意図がはっきりとみえ、たしかに、サイドで裏に抜けるカボレの脅威がない今となっては、まずこのラインを寸断し、あとは石川のケアができれば多少ボールを回されても恐くはないと思われてしまうのだろう、と納得。実際、柏の意図は嵌っていて、東京は決定的な局面をつくれないまま前半ロスタイムを迎えなければならなかった。

が、東京はそのロスタイムに均衡を破る。梶山の縦のボールを受けた羽生が見事なターンをみせ、赤嶺に絶妙なラストパスを供給したのだ。もちろん、赤嶺はこのチャンスを逃さなかった。この一連のプレーはゲームの転換点となったけれど、柏が布く守備網を突破したのが羽生であったことは合理的だと思えるし、それをハーフタイム以前に成しえた点に今の東京のたくましさを感じた。

羽生はこの大勝を見事に演出した。それはとても喜ばしいことなのだけれど、しかし残念なのは石川の怪我。彼はとどめに駄目を押す4点目を決める際に柏DFと接触、それでバランスを崩して着地に失敗、左膝を捻り痛めてしまったのだ。歓喜の後、動けない石川の姿にスタジアムは騒然となった。

大きな犠牲を伴なう大勝だった。悦びと哀しみが交差する複雑な思いがした。しかしサッカーは続くのである。今季、東京は逞しく成長した。以前より逆境に強くなったと思う。これも城福監督の粘り強い指導があってこそだと思うけれど、今後、もし石川が不在になるとしても、さらなる逞しさを発揮してその苦難を乗り越え、質の高いよいサッカーをみせてほしい。

石川選手の一日も早い復帰を祈る。
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2009年10月10日

「或る音楽」 イメージと記憶のモザイク

友久陽志監督 『或る音楽』 (ユーロスペース渋谷)

「Tai Rei Tei Rio」をめぐって。

aru_ongaku.jpg高木正勝が森や海辺を歩く姿、彼の言葉、「Tai Rei Tei Rio」(過去記事)のリハーサル、そのコンサートの様子など、映像と音と言葉によるモザイク。去年のライヴを実際にみていると、あのときの興奮が静かに甦ってくる。

作品単体として、このドキュメンタリー映像にどれほどの価値があるのかはよく分からないけれど、あのライヴの復習としてみる限りにはとてもよい素材だと思った。暗闇の中、高木正勝の世界に浸ることができるし、すべてを忘れられる。そして毛穴から、あのときの記憶が静かに湧きあがってくる。眼前のモザイクと記憶のモザイクの交差。そこで生み出されるグルーヴが、意識を浮遊させ、わたしをどこか遠いところへ連れ出してくれるのだ。

実は、中沢さんとのトークイベントの日に本作を観ようとしたのだけれど、当日の夕刻、すでに満席で中に入ることができなかった。聞くところによると、その日は予約のために朝から並ぶ人もいたという。で、そのかわりというわけではないけれど、この日、客席にヤドランカさんをみつけ、その幸運に気分が盛り上がった。彼女はとても目立っていた。帰宅後、ネットで彼女やほかのメンバーのプロフィールをチェックしたり、ライヴスケジュールをみてみたり。なにもかもが興味深く思える夏の夜であった。
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2009年10月09日

帰国 #2

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昨日、また帰国した。

*****

10月1日(木) 晴れ?

未明に起きてCLをライヴで観ながら仕度にとりかかる。で、地下鉄、バスと乗り継ぎ空港へ。チェックインをすませ、ちょっとだけラウンジに立ち寄って搭乗しようとすると、ビジネスにアップグレードしますとのささやきをうける。まんざらでもない。が、気分はやや抑鬱的な感じ。

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到着。荷受け。タクシーにてホテルまで。途中、またもや渋滞に巻き込まれる。

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ホテルにチェックイン。ここはほぼ常宿化しているプチホテルである。が、部屋が最悪。で、フロントの女性に交渉したら運よく最上階へ案内された。さっそく部屋を移り、窓を開けて空を眺める。欧州ではいろいろと交渉事が多い。とくに日本人は主張がないからという思惑もあるのだろう、このようなケースがままある。でも結果オーライ。軽く荷解きをしたあと、鼻歌を歌いだしそうな勢いで外に出て、オペラ付近を歩いた。途中、日本企業が営む某店がこの日オープンを果たしていて、その盛況ぶりに驚く。で、百貨店を軽く覗いたあと、親子丼とビール。そして入浴。うだうだの後、就寝。

*****

10月2日(金) 晴れ

朝、現場に向かう。すると、初対面の現地スタッフと対面。挨拶を交わし、まずこちらから名乗り、握手をする。さらに名刺を渡す。が、彼女はついに名乗らず...その後、本国社長とマダムが合流。挨拶を交わす。笑顔。終日業務。で、夕刻にシャンパンが一杯ずつ振る舞われる。終了前、彼女が先に帰るが、オーナー夫妻と挨拶を交わし、こちらには一瞥もせずそのまま行ってしまう。その後、入場手続きをしてくれた女性が近くを通りかかったのけれど、すれ違うときに微笑みかけてくれたにもかかわらず、その直前に視線を逸らした自分がいた。彼女はヘザー・グラハムを少し小柄にしたような風貌で、からから明るく笑い、身振りがやや大きく、弾むように歩く素敵な女性なのであった。がっかり。

退場前、例のフリーランスも合流し、ディナーへ。フリーランス、新しいアシスタントという女性と同行していたのだけれど、なんとなく、彼女とはなにもなさそう。で、ディナー、手違いもありメインで生肉(タルタル)食べるはめに。でも、おいしくたべることができた。

*****

10月3日(土) 晴れ

朝、まず彼女と挨拶を交わし、彼女の靴を褒める。終日業務。といっても、それほど忙しくもなく。夕刻にシャンパン。その後、彼女と「チャオ」の交換。時を同じくしてヘザー・グラハムも通りかかるが、素通り。

夜、前日のタルタルがもたれたこともあり、ラーメンと半チャーハンですます。麺が酷い。当初は、昨晩とは別の日本料理店、たとえばうどん屋で軽く食事をとろうと思ったのだけれど、長い行列に辟易し、で、妥協して歩き回った挙句に昨日と同じ料理店に舞い戻ってしまったのだ。ちなみに、この界隈に点在する日本料理店の客の半数以上は日本人ではなく、現地に住む人たちなので、時代も変わったなあなんて思う。

部屋に戻ったのち、体調を崩す。21時すぎから腹を壊す。私の内部のすべてが決壊した。で、断続的な発作に見舞われ、朝まで、ろくに眠れず。

*****

10月4日(日) 曇り時々晴れ

朝、なにも食べずに出勤。およそ12時間かけて排泄し尽くしたので、たぶん、胃腸にはなにも残ってない。でも、意地で立ち仕事をこなした。昼も、食べにいく振りだけして抜く。胃腸を休ませつつ、復調を図りつつ。誰にも気づかれないように。

午後、美女が訪れ、なにやら現地語でまくしたてる。英語でお願いします、と我々。で、説明を聞くと、仕事を探しているという。卒業後、見習いとして雇われ経験を積んできたけれど、正規にキャリアをスタートさせたいので求職しているというのだ。ひと通り話し終えた彼女はマダムにレジュメを渡し、丁寧に挨拶をして我々の場所を去っていった。僕は、よき時代の女優のような容姿の女性と握手ができたことがただ嬉しく、こちらで彼女と一緒に働く状況などを夢想。この様子を離れたところから眺めていた社長も、ベッラ、ベッラ、アンディアーモなど、まんざらでもない様子で、マダムはこの阿呆な男たちに呆れて笑っていた。展示会場にて求職活動。なかなかたいへんだと思うけれど、彼女であればすぐに仕事がみつかると予想。その後、業務を継続し、夕刻のシャンパンにて体調をみる。早くも復活の兆し。

夜、懲りずにラーメンと餃子。ほんとうはうどん、あるいは中国粥を食べたかったのだけれど、そこも長蛇の列、または店休で諦めざるをえなかった。もちろん、用心のために昨晩とは別の料理店で食べる。しかし麺が酷い。

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その後、路地を歩き、口直しにバール。ここが大当たりだった。路地裏で、こざっぱりしていて、バーカウンターにはやや薄めのジョージ・クルーニーがおり、そして常連客と思われる女性とほどよい距離で言葉を交わしていて、で、その声がまたよいのだ。英語も話せるし、BGMのジャズも、たとえばジャイルス・ピータースンの仏版みたいでとてもよかった。ちょっと亜流で、しかしムードがあり、店と路地に馴染みつつ独特の空気を醸し出している。で、タイムサービスのモヒート(これがまた少し亜流で、少し赤ワインが入っていたのだろうか、ぎゅっとしててたいへんにうまかった!)を呑み、町田康を読み、ゆらゆらして、そしてホテルへ。軽い食事もとれるようなので、次回、機会があったらここで夕食をとりたい。

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10月5日(月) 雨のち曇り。

朝一で別の展示会場をまわる。で、幾人かの知人、友人、取引先に会って言葉を交わす。昔、取引していた先の男は今や経営者で、彼に生後四ヶ月になる長男の画像を見せつけられ、予想外に時が過ぎる。親馬鹿に国境はないのだ。次回はディナーでも、とかまた言われて。画像、みてよかった。

昼前、職場に戻り、その後、業務。この日は最終日。なので、皆で後片付け。また彼女が少し先に帰るのだけれど、そのとき、「Ciao, Ken」と初めて名前を呼ばれる。あとでメール送るから、みたいな言葉も掛けてもらえた。ここまで四日かかった。その少しあと、例のヘザー・グラハムが通りかかり、微笑を交わす。

夜、この日は通りすがりのビストロに。外観が渋く、かつメニューにそそられてしまったのだ。が、案内されるまま店内奥に進むと中はガラガラ。自分以外は客が一組のみ。嫌な予感が脳裏によぎる。で、その後はすべてを現地語で進め、いろいろあり、食後にあっさり会計をたのむと、いろいろあって申し訳なかったのでデザートかドリンクをサービスします、みたいなことを現地語でたぶん言われたのだろう、で、「un cafe」と応えた。こんな異国人にも馬鹿丁寧で、生きていくのはいろいろたいへんなのだということを、ふと思い返した。

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10月6日(火) 雨のち曇り

この日はフリー。だが、またもやこの日が火曜であることに気づき、落胆。美術館、やってないじゃないか。念のためルーブルに向かうが案の定休みで、途方にくれる。で、思い直し、ぶらぶら歩きながら、小売店をリサーチしたりしつつ、昼、毎度立ち寄る界隈にてランチ。と、そこに友人とそのアシスタントが!で、合流して共に食事をとる。世間って狭いなあとつくづく思う。

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食後、ひとりでショップを巡る。かなり歩き回る。地下鉄もつかう。で、夕刻、買い物をしたらスイッチが入り、二時間あまりでいろいろ買い込む。

夜は例のビストロへ。ここは一人飯には完璧な店だと思う。高いのでそうしょっちゅうは行けないけれど、まず食事がうまい。ワインがうまい。で、ビオ系である。客層もよく、店の前方にはまるいバーカウンターがあるのだけれど、そこで飾らぬ常連客がああだこうだいいながらグラスで様々なワインを試している。まさに仏版『サイドウェイ』の世界。いつの日か、あのカウンターで彼らと一緒に呑めるようになりたい。

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10月7日(水) 曇り

起床後、荷造り。朝食。チェックアウト。その後、タクシーにて空港へ。途中、渋滞やらなにやら。

カウンターにてチェックイン。なにかと時間がかかる。その後、ラウンジでシャンパン。日本語に飢えているのだろうか、そこで新聞を二部抜く。で、搭乗。

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10月8日(木) 台風(?)のち晴れ

最後の一時間、機体がよく揺れた。荷受け、通関後、茶漬けを食べ、バス、地下鉄を乗り継ぎ我が部屋へ。洗濯。その他もろもろ。

出張に出るときはやや抑鬱的になったりするのだけれど、いざ向こうに行くと、いつの間にかすっかり気持ちが切り替わって、のびのびしている。あちらは人間関係がシンプルでよい。挨拶も普通にあるし、知らぬ同士でも笑顔で言葉を交わすことができる。通りすがりの客と微笑みあうこともしばしば。で、知らぬうちに自分の表情が和らいでいる。帰国を忘れそうになる。

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帰宅後、近くでゴーヤー・チャンプル定食。夜は自宅でパスタ。明日は、代休をとって会社を休むことにした。

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読了本: 『権現の踊り子』

機内の映画: 『Whatever Works』、『My Sister's Keeper』

英語か聞き取れないと、ウディ・アレンはつらい。地味な作品だったけれど、日本公開は大丈夫だろうか。
posted by Ken-U at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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