原題 『Purity and Danger』
穢れとは、この世界の秩序を乱すノイズである。

中沢新一さんの解説にあるように、おそらく、本書は英国保守主義の立場からこの世界を眺めている。その視座から、秩序ある清浄な世界を構築しようとすればそこから排除される不浄のもの(=異例なるもの)が必ず発生すること、その不浄のものをこの世界から完全に排除することは現実的でないこと、又、世界の未来のためには不浄のものを排除してはならず、むしろそれを「堆肥」として辺境領域に保持すべきであることなどを語っているのだ。だから読み進めていてずれを感じてしまうし、逆にいえば、英国保守主義の懐の深さを感じることができる。
以下、解説から少しの引用をする。
*****
「清らか」であることは、矛盾のない体系の中に経験を押し込めようとする試みであるが、手に負えない経験に直面しては、かならずや矛盾に陥らざるをえないだろうし、そのことを理解するのが、人間の成熟を意味する。(p.430)
ひと言で言えば、メアリー・ダグラスは、サッチャーのように失業者を切り捨てたりはしない女性なのだ。彼女は知恵ある英国の母親として、「異例なるもの」という文化体系にとっての失業者に雇用を与え、彼らの労働を堆肥と化すことによって、文化の土壌に豊かさをもたらそうと主張している。そのためわたしはときどき、彼女のけがれ論は、経済学におけるケインズ理論の人類学版なのではないか、などと思うことすらある。(p.431)
*****
「清らか」であることに偏執する社会。この未来なき世界に身を置きながら本書を読み、いろいろなことを想った。