
Oさんの体調が思わしくないことを知ったのは、僕がクビを言い渡した次の週か、その翌週だったと思う。店に連絡を入れたときに、Sさんがそれを報告してくれたのだ。Sさんは、Oさんの相方である。彼女がいうには、Oさんはしばらく前から体調がすぐれないようで、立っているだけでも辛いときがあるらしく、いつだったか、この前はとうとう耐えられずに早退してまったらしい。そうSさんは責めるように言った。あれ以来、Oさんとは何度となく電話で話していたけれど、とくに変わった様子はなかった。彼女はあくまでも気丈に振舞っていた。が、それは彼女の強がりだったのかもしれない。
翌日、店に向かった。地下鉄の中ではなにも考えず、沈殿する澱を眺め続けた。そして改札を抜け、いつものように電器店の中を通り抜けつつエスカレータをのぼる。外に出てガードをくぐると、そこから歩いて十分もかからないうちに店に着いた。
中に入り、マネージャーに会釈をして、Oさんに声を掛けた。そして、ふたりでいつものように裏から地下に降りて、ミーティングの場所を確保する。そこは、売り場と倉庫をつなぐ通路にもならないくらいの狭いスペースで、いつもはそこで折りたたみ式の椅子をつかったり、それが見当たらないときは立ったままで彼女とミーティングをするのだった。このときは、立ったまま彼女の体調を訊いた。
彼女は妊娠していた。それが判ったのは数日前だという。やや脱力し、彼女におめでとうと言いながら、正直、少しほっとした。つまり、彼女の体調不良は僕のせいではなかったのだ。
とはいえ、僕が彼女のクビを切ったことに変わりはない。これでわたしの罪が消えることはないのだ。
挨拶をすませて、複雑な気持ちを抱えたまま店を出る。歩きながら、ほっとする気持ちと、それを咎めるもうひとつの気持ちと。