原題:『the Visitor』
歳をとり、妻に先立たれて、殻に閉じ籠もるように日々をやり過ごしていた男が、思わぬ出会いをきっかけに心を開き、殻から足を踏み出す。

ジャンベに限らず、太鼓の音が好きだ。だから、男がジャンベの音に魅了され、心を開き、その響きに導かれるようにこの世界と繋がり直すという話の筋には素直に魅力を感じた。たしかに、グルーヴは人の心を繋ぐ。がしかし、忘れてならないのは、高度な世界はグルーヴなるものを必要とはしないという残酷な事実で、だから男は大切な友人たちとの繋がりを断ち切られてしまうのだ。彼にはそこに不合理を感じ、憤る。が、高度な世界にしてみれば、それは合理性追求の結果に過ぎない。だからこの世界は、この場合、不法移民収容施設の係員を窓口として、その冷酷な現実を彼に伝えるのだ。
この世は捻じれ、歪んでいる。そしてその歪みはしばしば罪なき人の足をすくい、疎外し、あるいは人と人との繋がりを断ち切ってしまうのだ。あの施設の街は殺伐としていた。係員はアフリカ系ばかりだった。ふと、ヒースロー空港のセキュリティ・チェックの係員が中東系とアフリカ系ばかりだったことを思い出した。理由はよくわからないけれど、きっとその方が合理的なのだろう。この世の正義である合理性の追求。その正義が生み出す不合理に直面すると腹立たしくなり、無性にジャンベを叩きたくなってしまうのだけれども、彼は、あのあとジャンベをどうしたのだろう。それでもジャンベと、それを通じて出会った人々の記憶は彼の人生を豊かなものにするに違いない。