2010年01月30日

「musuburi x 10年1着」 贅沢であること

『musuburiの布と10年1着』 (森岡書店)

musuburi_10nen1chaku.jpgムスブリは個人で営まれているオリジナルの生地屋さんで、手で機を織ってサンプルをつくり、それをベースに量産して、卸したり、個人に切り売りしたり、ユニークな活動をなさっている。生地は、泥染め、草木染め、竹炭染めなど、こだわりの天然染色。

10年1着は、10年着つづけられる特別ではない特別な服、をコンセプトに、カスタム・オーダーを受けたり、既製服をウェブ販売したり、こちらも個人で商売をなさっている。ウェブでそのアーカイヴを眺めるとそれぞれに小さな物語が籠められていて、読んでいるうちにその世界に引き込まれてゆく。

このイヴェントは、ムスブリの生地をつかって10年1着で服を作る、というたいへん贅沢な企画で、店内に並べられた生地をみているだけで、大興奮。それから生地を選んで、どんな服を作りたいか相談を進めるのだけれども、こうした面白い試みが、いわゆる「業界」ではなく、その外部であるはずの「書店」で行われているところに複雑な想いを抱く。


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「ファッションから名画を読む」 モードの変遷、その目撃者たち

深井晃子著 『ファッションから名画を読む』 (PHP新書)

芸術家はモードを愛した。

mode_art.jpg時代とともに変化するモードの歴史が、その時々の名画とあわせて語られている。扱われる絵画は主にルネサンス期以降のもので、中でも、印象派の画家たちとモードの繋がり、女性の身体を拘束し続けるコルセットの在り方などに重きが置かれている。

政治や産業の遷り変わりともに、衣服の素材、かたちが変化していく。たとえば、欧州の貴族階級に身を置く女性たちは、産業革命による綿織物の普及とともに、絹素材で仕立てられた複雑な構造を持つ衣服ばかりでなく、綿をつかった簡素なドレスを身につけるようになり(素材だけではなく、スタイルそのものが簡素な英国風となる)、あるいは鉄の大量生産によりコルセットが普及すると、衣服だけではなく、身体そのものが本来の輪郭から大きく引き離され、歪められてしまう。こうした衣服(身体の輪郭)の変遷は、かつて絵画の主流であった肖像画から多くを読み取ることができる。

十九世紀以降、産業構造の変化により新富裕層と中産階級が生み出されると、それぞれの市場に向けてオートクチュール、プレタポルテが創出され、又、ヴァカンスの普及など、女性のライフスタイルに多様なヴァリエーションがみられるようになり、モード界はかつてないほどの華やぎをみせる。さらに二十世紀には、ポール・ポワレが先陣を切り、コルセットから開放された女性の身体をきらびやかな衣服で包み、続くココ・シャネルは機能性を重視するアクティヴな衣服を提案して、社会進出を目指す女性たちから熱狂的な支持を受ける。印象派の画家たち、そしてその後に続く抽象画家たちはその変遷の目撃者であった。

ほかにも、染料の開発・普及とモード、絵画の発展の関係であるとか、東洋趣味とジュエリー、パラソルの関係など、先日の『阿修羅のジュエリー』(過去記事)にも繋がる文章がみられ、また読了後に観た『ラグジュアリー展』のよい予習にもなった。やはり、モードは社会と個人の関係を映す鏡なのだと思う。
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