2010年03月23日

「単純な脳、複雑な「私」」 散在する心、他者を通して浮かび上がる私

池谷裕二著 『単純な脳、複雑な「私」』 (朝日出版社)

私とは何者か。私は自由なのか。心はなぜ生まれるのか。それはどこにあるのか。

brain01.jpg久し振りの脳科学。これまでたった二冊の本を読み(過去記事1過去記事2)、それでなんとなく分かったつもりでいたのだけれど、しかし実際に本書を読み始めると、また目から鱗、新たな発見の連続だった。人間の「心」の在り方と脳のつながりはまだなんとなくわかるとして、そこからさらに、人間に真の自由はあるか、とか、幽体離脱の正体、あるいは人間の織り成す組織の機能について、また、「ゆらぎ」や「ノイズ」、「使い回し」が個人、あるいは社会に創造性をもたらすことについて、講義はしばしば科学の枠を逸脱しながら、思想、宗教の領域へ足を踏み外し、思考の原野を巡る。

生命の営みの中で、使い回し、ゆらぎ、ノイズが重要な役割を担っている、ということが科学的に語られていて、それが心強く感じられた。で、使い回しといえば、くくのち学舎で憶えたブリコラージュという言葉が思い浮かび、さらに、単純な機能を持つ組織が集まり、繋がることで予期せぬ複雑な運動を始めるという話からはアーセナルやバルセロナのサッカーのことが想起されて、創造的であることと、単純なことの積み重ね、繋ぎあわせることとの関連であるとか、いろいろなことが湧いてきて、思考、記憶の断片が次々に連なっていった。

人生において大切なことは考えずに決断する。という私のモットーは、その正当性が脳科学の視点から証明されつつある。が、注意しなければならないのは、直感はあくまでも学習、経験の賜物であり、外部からなにか超自然的な力によってもたらされるものではないということで、だからこれからも自分を閉ざすことなく、恐れずに、様々な事柄に触れて、経験を積み増し、おのれの勘の精度を上げていけたらなと思う。


posted by Ken-U at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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