2010年07月03日

「虹の理論」 七色の誘惑者、その半音階的な響きと歌

中沢新一著 『虹の理論』 (講談社文芸文庫)

虹と病気と毒について。虹色の身体を持つ蛇と庭園、市の関わりについて。

rainbow.jpg大地から立ち昇る七色の虹。その色彩はどこから生まれ出てくるのだろう。光と水の反射だけがその理由なのだろうか。ラマ僧によると、虹を光学現象として理解したとしても、虹という現象そのものが持つ秘密を解明したことにはならないのだそうだ。それは時計をもって時間の秘密を解き明かすことができないことと同じで、光の運動を機械的になぞったとしてもその謎の奥深い部分に辿り着くことはできないというのだ。確かにそう考えていくと、虹が持つ色彩、描く弧の謎が謎として再発見され、その得体の知れなさに驚愕する。虹は人の意識を奪い、心を魅了する誘惑者である。そして高度化された社会において、この誘惑者は人工的に模造され、大量に撒き散らされているのだけれど、わたしはこの乾いた虹の世界をどう生き抜けばよいのだろう。

もっとたくさんの朝の鳥たちが、「虹の蛇」の身体からとびたたなければならない。もっと高く、もっと空気の軽いところまで、それをもちあげていく羽根の力が必要だ。大地への郷愁から解放されなければならない。大地の底にむかっておりたっていくのではなく、大地もその一部である宇宙としての自然のほうに、じぶんを撒布させてしまうのだ。(p.100-101)

かつての社会では、虹の立つところに市場を開き、そこでモノの売買をしたのだという。虹の持つ魅力と、毒と、庭、市の関わりについて、人工的な虹を撒き散らす現代社会において市がネット上に現れることの意味について、幸福であること、幸福を目指すことの意義、あるいは「幸福」という言葉そのものの意味、その未来について、どこにも辿りつくことのない問いを繰り返しながら虹のない空を見上げた。わたしは飛び立つことができるだろうか。


posted by Ken-U at 19:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術人類学(中沢新一) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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