2010年12月25日

「JASMINE」 無我、自在

KEITH JARRETT + CHARLIE HADEN / 『JASMINE』 (ECM)

自宅スタジオで録音されたというデュオ・アルバム。

keith_jarrett_charlie_haden_jasmine.jpg日暮れ後、ゆるりとした時間を過ごすのによいアルバムだと思う。全編、ミドルテンポで進むのは加齢による制約なのだろう。でも、それでよいのだ。絶妙なタッチが冒頭から続き、聴いていて、まさに音を紡ぐというイメージが湧きあがる。自在に音が踊るのだけれど、乱れがないというか、ふわふわとした世界を浮遊する感覚といえばいいのだろうか。とにかく、よい音楽を聴くときの快楽が間違いなく得られる良作。

ジャズは、マイルス・ディヴィスから入ったので彼が先生のようなものなのだけれど、振り返ってみると、回を重ねて聴いているのはキース・ジャレット。マイルスを聴くときは少し構えてしまうけれど、キースはもっと自由。自然体で、たぶん無に近いのだと思う。なにもなくて、音楽だけがあるという感覚。その世界に這入りこむこと、無に近づくことの快楽。
posted by Ken-U at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

「シングルマン」 男の孤独、拳銃と死

トム・フォード監督 『シングルマン』 (恵比寿ガーデンシネマ)

絶望と孤独。男は死の暗闇に惹かれる。

single_man.jpgあのトム・フォードが映画を撮るというので、金持ちは道楽にもカネをかけるものだなあ、なんて思いながらその記事を流し読んでいたのだけれど、予想外に評判も上々のようだったので久し振りに映画館へ。

あるひとりの男が、恋人を亡くし、醜い世界にひとり取り残されて、死を想う。そして拳銃を手にし、それを口に咥えてみたりもするのだけれど、しかしうまく扱うことができずに七転八倒。その様子がスタイリッシュに、かつ滑稽に描かれている。当時のモードに身を包んだ美男美女が、擦れ違いざまに視線を交わし、互いの孤独を舐めあう様子はあまりに現実離れしていて魅惑的だ。

ところで、女は穢れた生き物なのだろうか。しかし女を排除し、男だけの純粋な世界を目指そうとするとき、その清き世界は破滅に向かう。純度の高さは、脆さと一体である。男たちは、欠落を補えぬまま空虚の地平で干乾びるしかない。

後半少し散漫になり尺が長く感じはしたけれど、それなりに楽しむことができた。映像の中で印象に残ったのは、出勤前、完璧に身なりを整えた男が家の中を歩くのだけれども、その姿をガラス越しに捉えたショットである。硝子が光を反射し、瞬間、男の姿が透明にみえる。同じショットが作中で繰り返され、その光景が、自身の存在が透明であることを度たび口にする彼の台詞と重なる。完璧で、しかし空虚で、砂漠のような、あるいは氷原のような世界を生きる。その無様な姿を、ユーモアを交えつつ滑稽に描いている点がこの作品の救いなのかもしれない。
posted by Ken-U at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月12日

Daido x Mika x Kishin

moriyama_tsugaru.jpg

森山大道 『津軽』 (Taka Ishii Gallery)

久し振りに眺める森山大道のモノクローム。東北の陰翳が、印画紙に深く染み入っている。昔、一度だけ東北に足を運んだことがあるのだけれど、新幹線の窓から田園を眺め、恐い、と感じたことをいまでも憶えている。子供の頃から田舎の景色は見慣れているはずなのだけれど、南とは違う何かが東北の景色にはあるような気がする。影が濃いというか、深い。その影の向こうに何か恐ろしいものが隠れているような。

*****

ninagawa_noir.jpg

蜷川実花 『noir』 (小山登美夫ギャラリー東京)

蜷川実花らしい、色彩溢れる作品群。しかし、パルコギャラリーで2001年に観た『まろやかな毒景色』みたいな演出はなく、少し寂しい気がした。『まろやかな…』では、靴を脱ぎ、ふかふかした床の上でくつろぎながら、毒々しく色鮮やかな写真を眺めた。あれから九年、蜷川実花も僕も九歳年をとり、きっと世界の見え方も変わったのだろう。この寂しさは展覧会の演出だけによるものではなくて、たぶん、『noir』というタイトルと繋がりがあるのだろう。

*****

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篠山紀信 『山口百恵|篠山紀信』 (Hiromi Yoshii Gallery)

山口百恵って人は信じられないくらい影のあるアイドルだったんだなあ、とつくづく感じた。艶かしい写真もあったけれど、彼女の身体そのものより、どちらかといえばその表情から醸し出される陰翳に心惹かれたのだ。僕の友人だったあいつはこんな女に夢中になっていたのか、しかも小学生の頃に。

しかしTVも変わり、彼女のような存在を受け入れる余地はなくなってしまった。世界はTVから影を追いやり、映画館を潰してゆく。そして写真は?

*****

久し振りのギャラリー巡りは楽しかったけれど、限られた時間の中でばたばたみて回らなければならず、それが残念だった。
posted by Ken-U at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CL++

arsenal10120802.jpg

UEFA CHAMPIONS LEAGUE - Match Day 6

アーセナル vs パルチザン

逞しさを増したアーセナルがパルチザンに競り勝った。同点にされたときは正直やばいなあと思ったのだけれど、そこから勝ち越せる強さがいまのアーセナルにはある。ウォルコットも落ち着いて決めたし、あとはなんといってもナスリの成長が喜ばしい。セスクの後を継ぐのはたぶん彼になるだろう。

欧州サッカーのTV観戦録がおろそかになっている。これまでどのゲームを観たか、記憶は定かではないけれど、思い出せる範囲で追記できればと思う。
posted by Ken-U at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

El classic!

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11月30日(火)未明

TV観戦でここまで興奮したのはいつ以来だろう。ゲーム開始から数分間はウトウトして映像を眺めることができず、うつ伏せて目を閉じたまま実況を聞き流していたのだけれど、時間が経つにつれ実況がわあわあうるさくなり、こんな夜更けに何事か、と顔を上げてみたらバルサがえらい勢いで攻め立てていて覚醒。すると、しばらくして先制。二点目のときには拳を振り下ろしながら「ヨシ!」と唱え、以後は爛々。一方的ではあったけれどダレることのない好ゲームであった。それにしても、イニエスタ→シャビと渡ったゴールは超人的。彼らは時空を自在に操る。

で、マドリー。モウリーニョの限界が露呈した夜となった。彼は、本当はバルセロナの監督になりたかったに違いないのだけれども叶わず、で、マドリーに翻って復讐を企てたのだろうけれど、それも叶わなかった。さて、次のクラシコに向けて、策士モウリーニョはいったい何を企むのだろう
posted by Ken-U at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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