2011年01月15日

ハケン #5

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2010年12月某日 雨

強引に業務を終え、新宿。Hさんの送別会へ向かった。幹事のSさんが声をかけてくれたのだ。参加者は僕を加えて4名と少し寂しかったけれど、まあ会はいつものように盛り上がった。
会社を辞めて以降、Hさんとは二度いっしょに呑んだ。同じ沿線に暮らしているというのもあるけれど、たぶん、彼女は僕に少し恩を感じていて、それで関係を保っているのだと思う。数年前、販売拠点を一箇所失うことになったときに、スタッフの首切りの必要に迫られた僕は、無くなる店舗で働いていたHさんではなく、別の店舗のOさんにクビを命じたのだ。Oさんには不合理な話だと思うけれど、最後はスキルで決断した。で、結果、一販売拠点を失いはしたけれど、Hさんの奮闘もあり、トータルでは売り上げを伸ばすことができたのだ。当時、Hさんは活き活きと働いていた。しかしそんなHさんもいろいろ考えるところがあり、退職を決意。良いポジションを用意してもらったとかで、前の職場に戻ることにしたのだという。

残る女たちは、職場に対する不満を僕にぶちまけた。でも、救いはそこに笑いがあることで、ただ、ひとり、またひとりとスタッフが辞めていく現実には複雑な想い。で、当たり前のように会計書が回ってきて、笑顔で「ごちそうさまー」なんていわれて、しょうがないなあ、なんていいながらへらへらしていたのだった。

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2010年9月某日 残暑

Sさんの送別会。新宿にて。

Sさんは、前職のときに最初に採用した販売スタッフのひとりで、勤続三年。しかし派遣社員であるがゆえにこのまま勤務するという選択肢はなく、社員として会社がひき取るか、あるいは法の網目をかいくぐってそのまま継続してもらうか、いろいろ考えなければならなかったのだけれども、社員化するためには派遣会社にまとまったカネを払わねばならず、となると裏技、いや裏はまずい、とループしている間に、退職、という答えを彼女自身が出したという。理由は、結婚・懐妊である。彼女のような立場の従業員が導き出せる数少ない前向きな答えを、彼女は絶妙のタイミングで導き出すことに成功した。

めでたきコトブキ退社。皆でわいわいやりながら、Sさんに記念品を渡し、会費の徴収という場面で僕が手を上げ、わー、ごちそーさまでーす、なんていわれて、へらへらカードをきったのだった。
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2011年01月03日

初詣 2011

今年の初詣は、昨日から今日にかけて。

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今日はまず近くの寺から。

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そして聖徳太子を祀る御堂を参る。

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続いて町の鎮守様。昨年はお世話になった。

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最後はまた寺。ひっそりとしていて趣がある。

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昨日、隣町の神社へ。手を合わせ、無心。

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その後、徒歩にて目黒川に出て、川沿いを歩く。そして中目黒から六本木まで営団、表参道までちいバス、新宿三丁目までまた営団で、その後、渋谷に立ち寄り、帰宅。喧騒に紛れ、カーディガンと下着を購入したのだった。

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昨年は変化の年だった。明ける前から予想はしていたけれど、それ以上にいろいろなことが激変したような気がする。二月に叔父、妹と立て続けに亡くなり、四月に転職。その前には島へ旅に出て、貴重な経験をした。そして生まれて初めて幽霊をみた。帰京後、お祓いをうけた。五月に父親が亡くなったという知らせを受けた。その後、仕事に忙殺された。映画もろくにみなかった。FC東京がJ2に転落した。そして暮れ、iPhone4を購入。部屋をWifi環境にし、二十年ぶりにTV、掃除機を買い替え、さらなる変化に備えた。

TVの位置を変えたため、今、部屋中にCDが散乱している。これをどう処分、整理するかが今年の課題である。もっと生活環境を整えたい。あと、さらなる成果を求められている業務。ハードルは高くなる一方だが、これもどうにか切り抜けたい。去年に引き続き、今年も走らなければ。
posted by Ken-U at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月02日

「Transformation」 変態する生命のかたち

『トランスフォーメーション ― 東京アートミーティング』 (東京都現代美術館)

テーマ:「変身-変容」

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変身を描く意味。人と、人に非ざるモノとの交わり。人は外部の世界に畏怖を感じ、そこに棲むものにも強い畏れを抱くのだけれど、同時に、それらに対する憧れのような気持ち、得もいわれぬ複雑な感情が湧きあがって、妄想を掻き立てられ、あらぬことをあれこれ想像する。焦がれる気持ちといえばいいのだろうか。エスカレートしたその想いが現実の壁を突き抜け、得体の知れぬcreatureを生み出すのである。いわゆる変態である。この本展は、現代を生きる芸術家たちの作品を通して、人間の心の中に宿る様々な変態の在り方を示そうとしている。予想以上に充実した企画展だった。

ビデオ作品が思いのほか多く、限られた時間の中で鑑賞するのは難しかったけれど、後日、時間をみつけて再訪できればと思う。とくに、楽しみにしていたMatthew Barneyの『Cremaster 3』をさわりだけしか観られなかったのは残念だった。あと、高木正勝は予想以上の出来、さらに発見だったのはLee Bulで、彼女の、人体の神経系モデルのような、シャンデリアのようなオブジェクトには心惹かれた。今、変態は人智を超える世界の住人だけではなく、急速に発展を果たし、身体に侵入せんとする科学技術、人智の先端領域とも交わろうとしている。

存亡の危機。揺らぐ境界線。人は存在の危機を感じるほどの外部の存在を意識するとき、それに対し、拒絶、攻撃や無視など様々な態度をとるけれど、敢えて交わることによりみえてくるもの、得られる感覚もあると思う。畏れるばかりでなく、その闇の中へダイブすること、生をより豊かにするために、未知の世界に視点を移し、人間界を覗き直してみるのもいいかもしれない。

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『生はチャームであるべきである。魅惑であり、魔術であり、謎であり、歓びであるべきである。今日のアートには、そのことを人々に告げ知らせる力が、まだ存分に残されているのではないか。』(中沢新一/公式カタログp.14)
posted by Ken-U at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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