2011年05月29日

「愛しきソナ」 境界線を越えて

ヤン・ヨンヒ監督 『愛しきソナ』 (新宿K's cinema)

ソナは北朝鮮で生まれた。

sona_movie.jpgヤン・ヨンヒ作品は『ディア・ピョンヤン』(過去記事)に続いて二作目。今回は監督の姪にあたるソナにフォーカスをあて、およそ十五年に渡ってその成長振りを記録している。

ソナは可愛い女の子だ。はきはきとしていて礼儀正しく、カメラの前で屈託なくおしゃべりをしたり、無邪気に歌ったり、踊ったりする。北朝鮮というと、どうしても先入観が拭えないので、そこに住む人たちのことを平坦にイメージしがちだけれども、実際に暮らす北朝鮮の人々は私や私の周囲の人たちとそう変わらない。このドキュメンタリーを通して、よく考えてみると当たり前のことを改めて認識することができた。

しかしながら、やはり北朝鮮は違うな、と。殺伐とした風景、停電、エリートの家族の墓が山中の草むらの中にぽつんと立つなど、この国の抱える悲惨な背景を垣間見ながら、長兄の三番目の妻の歌にじんときた。人の心はかわらないのに、なにがこの深い溝を生み出しているのだろう。

『ディア…』上映の波紋により、北朝鮮はヤン・ヨンヒ監督の入国を拒否している。もう続編をみることができなくなるかもしれないと思うと、残念。
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2011年05月15日

「悲しみのミルク」 即興の歌、その儚さ

クラウディア・リョサ監督 『悲しみのミルク』 (ユーロスペース)

原題 『LA TETA ASUSTADA』

la_teta_asustada.jpg母が受けた痛み。娘はそれを母乳からを受け継いだと信じている。

以前、人文系の本を読んでいた頃、遠い昔の人たちは常日頃から歌うように語り、踊るように振舞っていたのだろう、詩の世界がもっと身近なところにあったに違いない、などと勝手な空想をしていたのだけれど、この『悲しみのミルク』の冒頭部分を眺めていて、ふとその頃のイメージが蘇った。そしてその幻がスクリーンに重なって、溶けていった。本作の舞台であるペルーでは、いまも人々の胸の中に詩の心が残されているのかもしれない。すでに都市部からは消えうせているとしても、山村ではわずかながら残されているのではないだろうか。だから彼女は語るように歌え、自分が抱える恐怖は実母の母乳から伝染したのだとかたくなに信じることができるのだろう。

この世界が抱える問題をそのまま提示するのではなく、歌にくるんで哀しい大人のおとぎ話に仕立て上げたところにこの作品の魅力がある。哀しみに押し潰されないため即興で歌う貧しき娘、そしてその歌を鍵盤を操ることで盗みとり「作品」に仕立て上げて喝采を浴びる富める女。隔てられた二つの世界に暮らす女が対比されながら、しかしダルデンヌ作品と同じく、なにも終わらぬまま結ばれるエンディングにも共鳴した。湧きでる歌のほかに、この世界に救いはあるのだろうか。
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2011年05月07日

味スタ 再開、そして...

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4月30日(土) 晴れ

この日を楽しみにしていた。震災後、中断していたJリーグがいよいよ再開するのだ。待ち遠しかった。だから気合を入れてスタジアムに向かうはずが、寝坊。しかしぎりぎりキックオフに間に合ったのである。

で、ゲームは散々。結果もよく憶えていない。ああ、開幕前に懸念していた大熊監督の手腕不足が早くも露呈してしまっているなあ。平山、米山がいないとしてもこのぐだぐだぶりは酷い。フットボールの目指すかたちがみえない。守備以外に意図はあるのか。ただ個々の選手が懸命にプレーしているだけで組織になりきれていない、という印象。とくに攻撃の意識の薄さは監督の影響が大きいのだと思う。

選手交代のたびにチームが弱体化するのも大きな問題だ。大熊さんに限らず、日本人監督は選手交代が概して下手だと思うけれど、眼前の問題を読み、分析してそれに対処することが苦手なのだろう。当初のプランありきではない柔軟な采配を望む。

あと、選手でいうと梶山が酷い。セザーには落胆した。谷澤には期待しているのだけれど、大熊さん途中で代えちゃうからなあ。大竹を出すタイミングも遅すぎるし。あと、すっかりみなくなった石川は怪我なのだろうか。展望は開けるのだろうか。

*****

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5月4日(水) 晴れ

羽田から渋谷へ移動。しかしロッカーの空きがなく下北へ。ここでもロッカーがみつからなかったので明大前のロッカーにキャリーケースを預け、軽くランチ。気持ちを整えてダービー・マッチに臨んだ。

しかしなあ、あれから4日間では組織を見直すことが難しいとはいえ、羽生を出したのはよかったのかもしれないけど、その代わりに谷澤がベンチでは意味がない。大熊さんにはセザーをベンチに置いてほしかった。高松のワントップに右から鈴木、羽生、谷澤のスリーシャドーでもよかったし、鈴木をトップに据えてもいいと思う。しかしセザーにこだわり組織は膠着、おまけにダイヴで退場となっては目も当てられない...

ゲーム後は珍しく大ブーイングが鳴り響いたけれど、それも致し方ないと思う。状況は深刻だ。当初の楽観的プランを引き合いに、「直ちに悪影響はない」なんて判断しているようでは未来はない。いまこんな状態で、果たして今季末までに昇格を決められるのだろうか。大熊さんで大丈夫か?
posted by Ken-U at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

帰国

昨朝、帰国。そのまま味スタに向かったので、帰宅したのは夕刻。

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5月2日(月) 晴れ

早朝、起床。洗顔等。あっさり荷造りを終えて出発。浜松町経由で羽田まで。

モノレールで着信。友人がすでに羽田にいるという。羽田に着いてやりとりしたが、時間がなく会えず。彼女はこの日から香港〜中国を旅するようだ。その後、いくつかtweetしたのち搭乗、離陸。

空港着。タクシーだとあっさりしてしまうなあと、A'REXなる高速鉄道に乗車。思いのほかスムースに市内まで。その後、ひと駅半ほどを徒歩にて移動。GPSの揺らぎのせいで方向を定めるまでに手間どったが、その後は安定。黙々と歩く。歩いていると、少し汗ばむくらいの陽気。

ホテル着。フロントで問題発生。ネットで予約したホテルは同グループではあるけれども別の館で、そこまで市内から車で30分ほどかかるという。わ、やっちゃった、愕然としている僕の前で、フロントの若い女性がその別館にTEL、ほどなく問題は解決。彼女の流暢な日本語によると、予約していた部屋はキャンセル(しかもキャンセル料は免除!)、そこかわりにこちらの宿泊料は少し割高になるというのだけれども、それは法外なものではなく、むしろ正当だとさえ思える手際のよさだったので即OK。カードキーを受けとり、ありがとうと言い残して部屋へ向かった。

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荷ほどき後、外出。地下鉄に乗って狎鴎亭(アックジョン)駅を降り、ポドシッタンでランチ。欲をかいて豚カルビ・スペシャルセットにする。日本語のわからん兄ちゃんに、ひとつで大丈夫?と確認したからオーダーしたつもりだったけれど(メニューには2人分からとあったので)、しかしモノがきてみたらしっかり2人前。でかいカルビが2枚、目の前でジュージュー。しかも、付け合せの小皿が無数、おまけに画像にはないけれどでかいチゲ鍋もついて、手強いなあと。しかし食べ残しても失礼にならない国でよかったなあなんて思いながら、カルビは完食。もたれながら、会計をすませた。

腹ごなしに、歩く。カロスキルに向かうが思いのほか遠く、諦め、一旦アックジョンドンに戻り、さらにその先にあるチョンダムドンへ。しかしそこも予想外に遠く、やっとの思いで着。周辺を散策した。洒落た店の並ぶ閑静な街並みだなあ、なんて思いながら。途中、脚が痛くなってこれまた洒落たオーガニック系のカフェで休息。ソウルはカフェが多くてうらやましいと思いつつ。

このエリアのラグジュアリー加減に驚きながら、そのまま島山公園付近を経由し、ふたたびアックジョンドンへ。立派な百貨店、有名ブランドの路面店(そのヤカタがいちいち立派なのだ)、ハイモードのブランドを集積したギャラリーのようなセレクトショップ、そしてその前に並んだ高級車、控える運転手...噂には聞いていたけれど、実際に目の当たりにするとまた衝撃もひとしお。撮影するのをすっかり忘れ、彷徨う。

地下鉄で移動し、ホテル着。途中、コンビニでなぜかベルギービールを買い、ベッドでうとうと。しかし気をとり直して夕食に向かった。昼のダメージを考慮し近場の粥にしたのだけれど、その粥が丼にガツンと入っていて心の中で苦笑。しかし完食。

部屋で缶ビール1本。その間、MTVのKorean Top 20をぼんやりと眺めながら、うとうと。その後、シャワー。いつのまにか就寝。

*****

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5月3日(火) 晴れ

予定より少し寝坊。で、仕度して徒歩にて移動。大漢門を横目にサムチョンドンまで。

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ここもまた洒落たエリアで、ギャラリー、カフェがひしめく落ち着きのある街であった(あとで分かったのだけれど、このエリアをもう少し東に行くと『うつせみ』で女性を癒した古い街並みがあるらしく、少し後悔)。で、知人に教えてもらったソソンジェ。ここは自然派の料理屋であるけれど、「韓牛」の文字に負けて少し高めのコースにする。またやっつけられちゃうかなあ、なんて思いながら。

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完食。満腹になったけれど過剰なものではない。その後、カフェでまったりしたかったけれど、時間の都合もあって徒歩にて移動。ホテルちかくのマッサージ屋へ。

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滞在したホテル近くは東京でいうと渋谷的な繁華街だと思う。そのガヤガヤした通りのとある雑居ビルの4階。知人の紹介がなければなかなか足を踏み入れられない怪しげな空間を抜け、店に入る。ここは足つぼマッサージが基本らしく、今回はそれに上半身マッサージをつけたコースをお願いする。しかし外観とは違って店内は清潔感があり、たしかCreaだとか日本の雑誌にも紹介されているらしく、日本人客が目だった。で、マッサージ師の女性に、「コッテマスネー」なんていわれて小一時間。生まれて初めてのマッサージは心地よく、しかし肩のコリはまだまだ。帰国後にさらなる措置を施さねば。

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その後、ホテルで小休止。で、地下鉄をつかってハンガンジン、Leeum美術館を訪ねる。しかし時刻はすでに17時。オーディオガイドを訊ねてももう17時だからお勧めしない、といわれ、たしかにその通りかもなあなんて諦め、駆け足で中世の青磁、白磁、金属器から韓国現代美術までをちゃらちゃらと。

閉館とともに退館。結局、国立中央博物館はいけなかったなあと思いながら、ハンガンジン駅近くにあるギャルソンのビル。その1Fのカフェにて休息。ソウルの街はいちいち洒落ているのだ。

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地下鉄で東大門へ移動。あたりはすでに暗くなっている。

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で、潜入した裏路地には料理屋がずらり。その中の一軒、元祖ウォンハルメ・ソムンナン・タッカンマリにてタッカンマリをいただく。ここはその分野ではかなりの名店らしいが、広い店内を見渡しても観光客は見当たらず。で、入り口で意を決してひとりでも大丈夫か尋ねると、店の者が入れはいれとジェスチャー。2人前24,000ウォンのところ、ひとりだから20,000ウォンにしてくれるとのこと。割高にはなるけれど、しかたないよね。激混みの店内でひとりで食べてる人なんて他にはいないし。で、マッコリをつけて完食。煮えるタイミング、食べ方など、日本語、英語、ジェスチャーを入れ混ぜながら教えてくれ、感謝。でも、帰り際は無愛想な人々。しかしそれも味わい深いものである。

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ホテルでシャワー。TVを眺めながら、明朝のことを考慮し早めに就寝。

*****

5月4日(水) 晴れ

早朝に起床、洗顔等。荷造り。ホテルをチェックアウトし、空港までの移動手段を相談。急ぐのであればタクシーがいいと言われ、料金の目安を訊くと30,000ウォンというのでまあいいかと1台お願いした。で、乗車。初老の小柄な運転手がオハヨウゴザイマス。挨拶して、出発。

車窓から近代都市を眺め直す。なんかソウルってやっぱり東京よりマッチョ感あるよなあってなんとなく考えていたら、運転手がクレジットカードを催促。気が早いなあなんて思いながらも手渡すと、メーターが30,000ウォンになったところでそのカードを器械に通し、ディシュカウント、と二回唱えてカードを戻す。ん?しばらくして、ああディスカウントのことかと気づいた。

空港着。キャリーケースを受け取り、ありがとう。加えて、「ディスカウントありがとう」と言うと、彼、うししししししと笑う。

搭乗。東京よりも新しくて古い街。より豊かで、貧しい街。その格差、コントラストもまたこの街の魅力なのだろう、と思いながら美女ぞろいの大韓航空機内をぼんやりと眺めた。いま、わたしは魂の街ソウルを愛している。
posted by Ken-U at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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