2015年01月14日

『フタバから遠く離れて 第二部』 分断される共同体

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舩橋淳監督 『フタバから遠く離れて 第二部』 (ポレポレ東中野)

3.11以降、双葉町の住民たちは埼玉県加須市に避難、または福島県内の仮設住宅で暮らしている。加須市内の廃校内に設えられたプライバシーのない避難所の暮らしはやはり貧しいもので、そこに取り残された人々は互いに身を寄せ合いながら毎日をやり過ごしている。仮設住宅にしても、世帯ごとに仕切られてはいるけれど、そのつくりはあまりに簡素で、そこに住む人たちによると、隣人の生活音がほぼ筒抜けになり、さらに共同トイレの音もそのまま聞こえてしまうのだという。憲法25条にある権利をいつ行使すればいいか、女性たちは笑いながら語っていた。

一方、井戸川前町長の不信任決議による辞任、その後任となる伊澤新町長で進められる復興政策など、町民を巡る政治状況も変化をみせている。しかし当然のことながら、政治の力だけで町民の暮らしが元通りになるわけではない。それどころか、諸々の政治判断によって、避難所は閉鎖され、帰る先であるはずの双葉町には核廃棄物の大規模な中間貯蔵施設が建設されてしまうのだ。

双葉町民の避難の様子を通して見えてくるのは、事故の影響に、政治に翻弄され、分断される人々の姿だった。残念ながら、この三年で事態が復興に向かっているようには感じられない。むしろ共同体は崩壊に向かっているのではないか。そう思える場面もある。

やはり、あれは取り返しのつかない事故だったのだ。少なくとも、ぼくが生きている間に双葉町が元の状態に戻ることはないだろう。少なくとも今の時点で、町の復興のための力を政治や科学は持ち合わせてはいない。悲しいことに、この第二部は完結編ではなかった。この事態がいつ完結するのか、この世界の誰にも分かりはしないだろう。
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2015年01月12日

『王国』 隔絶された世界 その孤独と連帯

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奈良原一高 『王国』 (国立近代美術館 MOMAT)

facebookで見かけ、面白そうだったので妻を誘って鑑賞。会場は常設展のブースの一部で、『王国』に加えて『人間の土地』など別の作品の展示もあった。北海道の修道院と和歌山の女性刑務所、さらには軍艦島など、この世界から隔絶された空間で生きる人々の姿を切り取っている。私的には、より「作品」らしく撮られた『王国』よりも、デビュー作にあたる『人間の土地』の方が好みだった。

MOMATのウェブサイトより、タイトル『王国』の由来について引用しておく。

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タイトルの「王国」は、アルベール・カミュの中篇小説集『追放と王国』(1957) にちなんでいるものです。奈良原は、同書におさめられた一篇「ヨナ」の結びにある以下の一節を、作品発表時に引用しています。

「その中央にヨナは実に細かい文字で、やっと判読出来る一語を書き残していた。が、その言葉は、Solitaire( 孤独) と読んだらいいのか、Solidaire( 連帯) と読んだらいいのか、分からなかった。」


*****

孤独と連帯。あの作品群とこの言葉はどのように繋がるのだろう。隔絶された世界と連帯について。奈良原一高は読書家なのだろう。調べたら、瀧口修造などとも交流があったようだ。詳細は忘れてしまったけれど、『ブロードウェイ』のコンセプトも面白いものだった(ただし、魚眼レンズで撮られた作品群はあまり印象に残らなかったけれど)。写真の範囲にこだわらず今のテクノロジーで表現された『ブロードウェイ』を観てみたい。
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2015年01月10日

『華氏451』 思想、表現の自由と死


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フランソワ・トリュフォー監督 『華氏451』 (シアター・イメージフォーラム)

原題『FAHRENHEIT 451』

書物が禁じられた世界。

近未来の世界が描かれている。モンターグは"fireman"。日々、書籍を隠し持つ家を捜索し、押収品を焼却する。帰宅すると、妻のリンダは壁掛け式のテレビ三昧。彼は吹き出しの無い漫画を眺めている。その日常は無味乾燥にみえる。

2015年1月7日、パリのシャルリー・エブド本社に覆面をした複数の武装したテロリストが侵入し、警官を含む12名を射殺した。その後、パリ市民は言論の自由を守るという名目のもと大規模なデモを実施する。
欧州人、とくにパリに住む人々にとって、この思想や言論の自由というものは社会の根幹をなす重要な要素なのだろう。先の事件とは逆に、本作では行政が思想を抑圧しようとするが、相手がテロリストにしろ、母国の行政府にしろ、個人が持つ思想、表現の自由は死守する。あちらの世界では、そうした考え方が強いのだな。と、現実を重ねながら、この半世紀近く前の映画を眺めた。
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2015年01月09日

映画鑑賞録 2014

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2014年に観た映画は以下のとおり、

『パリ、ただよう花』 ロウ・イエ監督
『ある精肉店のはなし』 纐纈あや監督
『ブルージャスミン』 ウディ・アレン監督
『マドモアゼルC ファッションに愛されたミューズ』 ファビアン・コンスタン監督
『グランド・ブダペスト・ホテル』 ウェス・アンダーソン監督
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』 アレクサンダー・ペイン監督
『アクト・オブ・キリング』 ジョシュア・オッペンハイマー監督
『her 世界でひとつの彼女』 スパイク・ジョーンズ監督
『イヴ・サンローラン』 ジャリル・レスペール監督
『物語る私たち』 サラ・ポーリー監督
『フランシス・ハ』 ノア・バームバック監督
『ジャージー・ボーイズ』 クリント・イーストウッド監督
『レッド・ファミリー』 イ・ジュヒョン監督
『アメリカの夜』 フランソワ・トリュフォー監督
『馬々と人間たち』 ベネディクト・エルリングソン監督
『メビウス』 キム・ギドク監督
『6才のボクが、大人になるまで』 リチャード・リンクレイター監督

以上17本。これに加え、いまさらだけど、自宅で園子温監督の『愛のむきだし』を観た。13年から劇場に足を運ぶようになり、去年もそれなりに観ることはできたかなと。

自分が結婚したせいか、映画を観ながら家族について考えることが増えた。夫婦や家族の関係を描いたそ作品が多かったのかもしれない。という意味で、『物語る私たち』や『6才のボクが…』は印象深い。作品の力でいうと、やはり『ジャージー・ボーイズ』だけど、『ネブラスカ』の、あの過激なまでの地味さ、ラストの車窓からの眺めも捨てがたいなとか。振り返るといろんな気持ちを思い出す。今年は、できれば観た作品ごとに記録していきたい。
posted by Ken-U at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(その他の国) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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