2015年03月20日

「イザイホウ−神の島・久高島の祭祀−」 村落共同体と神、祈り

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2015年2月12日(木)

『イザイホウ−神の島・久高島の祭祀−』
監督:野村岳也(海燕社)
場所:Uplink

沖縄島の南東5kmの海に浮かぶ孤島。久高島でかつて執り行われていた「イザイホウ」という神事のドキュメンタリー。

久高島は密な集落で、島に暮らす人々はみなこの島で生まれ、育ち、また集落内で結婚をして子を産み、育てる。成人した男は海に出て漁師となり、女たちは家事と農業に携る。このイザイホウは、海人である男性たちの無事を祈るために30歳から41歳の女性たちが巫女となるために執り行われる神事である。

板1枚の下は地獄。海人の言葉は重かった。一方、命がけで働く男たち対し、島の女性たちは寛容である。生きて家に帰れたらそれでいい。言葉にはされなかったけれど、乱暴にまとめるとそのくらいの覚悟が感じられた。イザイホウの神事は、4年に1度、ほぼ1カ月ほどの期間を費やして行われる。

宗教と個人の自由について、人間の命と魂の幸福などについてぼんやり思いをめぐらせながら儀式の様子を眺めた。
posted by Ken-U at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

「ジミー、野を駆ける伝説」 自由に踊るこころ

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2015年2月12日(木)

『ジミー、野を駆ける伝説』
監督:ケン・ローチ
原題:Jimmy's Hall
場所:新宿ピカデリー

ヨーロッパの教会による民衆の抑圧については過去にいくつかの本を読んだ記憶があるけれど(とくに思い出されるのは『オルガスムの歴史』)、30年代のアイルランド社会がこれほどまで宗教に支配されていたとは。舞台はとある小さな村なのだけれど、聖書を盾にした神父の言葉による抑圧だけではなく、その村にはIRAなどとも繋がる暴力も横行している。労働に勤しみつつましく暮らす村の人々、とくに若者たちには娯楽がなく、こうした状況に不満を鬱屈させているのだが、そこへジミー・グラルトンが帰郷し、彼らの要請を受けて伝説のホールを再開させる。人々は、そこで歌い、踊り、または美術や格闘技など修練に興じる。

これをきっかけに激化する村人たちと教会の対立が描かれるのだけれど、本作の見どころはやはり音楽とダンスにあるのだと思う。とくにダンスは教会に対抗するためのある種の武器というか、人々の自由を象徴する行為として描かれているので印象深い。村民は暴力によらず、伝統的な様式に限らない、たとえばジミーがアメリカから持ち込んだジャズなどによるダンスで抑圧に抗おうとする。ときに、このダンスがある種の祈りのようにも感じられる。

善と悪、人間の自由と秩序について、また暴力によることのない異議申し立ての方法などについて。無数の紛争とともに今後もこの世界は回り続けるのだろうけれど、よりよい方向に向かうよう我々は祈るしかない。
posted by Ken-U at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(その他の国) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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