2005年12月01日

「春夏秋冬そして春」 過ちを乗り越えて生まれ直す

キム・ギドク監督の『春夏秋冬そして春』を鑑賞。昨年に続いて2回目。

物語の舞台は、山奥に佇む大きな池と、そこに浮かぶ小さな寺。その寺で育った男が辿る人生の変遷が、四季の移り変わりに重ねて描かれている。
この物語もまた、山や池、石といった、キム・ギドク的なモチーフをつかって紡がれている。超越的なものに触れることで魂を浄化させる通過儀礼が主題となっている点は、この作品の後に続く『サマリア』との繋がりを感じさせる。

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spring_summer09.jpg春から夏にかけて、男は過ちを犯す。抱えている煩悩が、彼にそうさせるのだ。その煩悩は、石との結び付きの中で描かれている。

春。まだ幼い小僧の頃、彼は悪戯をする。魚や蛙、蛇に石を結びつけて、それらが苦しむ様を眺め、嘲笑する。和尚はそれを咎め、罰を与える。彼は小僧の身体に石を縛り付けてしまうのだ。小僧は泣きながら罪を償おうとするが、それは叶わなかった。
そして夏。小僧は青年へと成長している。そこへ、ひとりの娘が寺を訪れる。娘との暮らしの中で、青年僧は恋に落ち、欲情を抑えきれなくなる。ある日、窪みのある大きな岩の上で、ふたりは交わる。それ以降も、和尚の目を盗んでは繰り返し交わり続ける。
ふたりの関係に気づいた和尚は娘を俗世に帰すが、青年はその後を追って、寺を去る。

秋になると、石はナイフへと姿を変える。彼の抱える欲望はさらに激しく、鋭いものになっている。そして欲望は執着を呼び、執着は殺意を生み出す。自分を裏切ろうとした妻を、男は刺殺してしまった。その後の逃亡の末、男は寺に戻ってくる。男の視線や振る舞いはとても荒々しい。俗世の中で、彼の心は乱されてしまったのだ。

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冬は、それまでに犯した全ての過ちを乗り越えるための、通過儀礼の季節として描かれている。そして、この冬に登場する男をキム・ギドク本人が演じているところが興味深い。この作品はとても私的なもので、彼自身のキャリア、あるいは、彼の人生の転換点になるようなものとして位置づけられるんじゃないだろうか。そして、この通過儀礼的なテーマは『サマリア』へと引き継がれている。

また、寺の浮かぶ大きな池は生死の境界であり、ここでは母性を意味しているように感じられた。この作品は、母性回帰的な志向がとても強い。そこにもまた、『サマリア』(過去記事)との繋がりを感じる。このふたつの作品は、基本的には同じものを描いたものなんじゃないだろうか。


posted by Ken-U at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(キム・ギドク) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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