2005年12月08日

「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」 Why can't we live together

フランソワ・デュペイロン監督の『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』を鑑賞。劇場公開に続いて2回目。ユダヤ人の少年モイーズ(モーゼ)がイスラム系の老人イブラヒムと出会い、共に旅をするまでの過程が描かれている。

monsieur_ibrahim_01.jpgモイーズはモモと呼ばれている。モモは部屋の窓から通りを眺めている。娼婦たちが客を引く様子を眺めているのだ。彼は決心する。小さい頃から貯めていた小銭を取り出し、通りに出る。イブラヒムが営んでいる食料品店でそれを両替し、見よう見真似で娼婦たちに声をかける。

前半は、娼婦たちや近所の娘との触れあいの中で、モモが愛と性の経験を積む過程が描かれている。
娼婦たちから子供扱いされていたモモは、家にある本を売りさばきながらカネをつくり、足繁く娼婦たちの許へと通う。そのうちに馴染みになり、娼婦たちから一人前の男と見做されるようになる。
しかし、娘との恋愛はうまくいかない。想いが通じたと思ったら、他の男に盗られてしまう。恋愛は複雑な成り立ちをしているというホロ苦い事実を、モモは知る。娼婦との色事のようにうまくはいかないのだ。

モモはイブラヒムの食料品店で万引きを繰り返しているうちに、イブラヒムと親しくなる。イブラヒムはイスラム教徒で、モモにコーランを教えるようになる。コーランには全てがあり、そこから必要なものが学べるのだという。

後半は、イブラヒムとモモが辿る旅が描かれる。ふたりのイスラム世界への旅。パリを出て、スイス、アルバニア、ギリシャを通り、トルコへと向かう。イブラヒムの生まれ故郷である「黄金の三日月地帯」へと向かうのだ。

*****

物語は軽妙なリズムを刻みながら進んでいく。ときどき笑いがあり、優しい気持ちでモモの旅を見守ることが出来る。その旅路で、モモが目にする景色はとても美しいものだ。

この作品の背景には宗教の問題があるのだろう。モーゼはイブラヒム(またはアブラハム)と出会い、コーランに触れる。そしてユダヤの世界を離れ、モハメッドを名乗り、イスラム世界へと向かう。そして、アブラハムの魂を受け継ぐのだ。

ぼくには一神教の知識がないのだけど、アブラハムの下では、モーゼもモハメッドも同じ息子であるという意味が示されているような気がする。現在、深い溝を抱えているユダヤとイスラムの間を、アブラハムを通して繋ぎ直そうとする意図があるんじゃないだろうか。

この作品は、イスラム寄りの視点で描かれているけれども、イスラムが他の宗教よりも優れているのだといいたいわけではないのだと思う。あくまでも、融和がその主題になっているのではないだろうか。オープニングとエンディングで流れる、Timmy Thomasの「Why can't we live together」という曲に、その意図が集約されているような気がした。
posted by Ken-U at 01:32| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画(フランス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 2003年フランス監督/フランソワ・デュペイロン出演/オマー・シャリフ ピエール・ブーランジェ ジルベール・メルキ   イザベル・アジャーニ ローラ・ネマルク イザベル・ルノー1960年代初頭のパリ・..
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