失業中の男が、妻子を連れて生家に帰る。そこで一夜を過ごす。

まず、台所で発揮される年老いた母親の手仕事に見入ったり、彼女とその娘との間で交わされる滑稽な言葉の応酬ににやりとさせられたりしながらすんなりとこの作品世界に入り込んだ。ここで暮らす老夫婦の息子と娘はすでに独立して各々の家庭を持っており、それぞれにいろいろなものを抱えながら暮らしているのだけれど、しかしこの一日のために毎年、生まれ育った家に集まり互いの顔をあわせている。とくに本作の中心人物である失業中の男は、亡き兄に対して複雑な思いを抱いていたり、父親との間に確執めいた心の壁があったり、かと思うと、妻の連れ子である息子との間に微妙な距離があったりで、あまり気乗りのしなかったこの集いの中で少し居心地の悪い思いをしている。でもまあ、懐かしい料理を口にしたり、これまで何度も繰り返されたはずの思い出話に花を咲かせたり、ほかにも他愛のない会話で笑ったりむっとしたりしているうちに、その居心地の悪さにも慣れるというか、心が少しほぐれ、この家族の一部分としてにそれなりに気持ちをおさめていく。そんな細部の集積体として描かれているこの家族の情景を眺めていると、不思議とどこか懐かしく思えてくる。たしかに親戚の集まりとはこんなものだったなあ、と感じてしまうのだ。そうして自分の子供のころの思い出や、家族のない人生を歩んでいるこれからのことなどに思いをめぐらせてしまう。
平凡な暮らしの中にも必ず死は訪れる。人は死ぬし、しかし死によって残される人たちはその死を乗り越え、その後もそれぞれの生を続けていかなければならない。本作でいえば、長男の不幸な死と、間もなく訪れるのであろう老夫婦の死の問題がある。つまりここで描かれている一日は、亡き長男の魂を鎮め、残された人たちの心の傷を癒すためにあり、そしてさらに、年老いていく両親がこの世を去る日が刻々と近づいていることを実感し、その心の準備を進めるためにあったのだと思う。本作は、その死の暗闇を家族で包み込み和らげていく様子を描いている。