2008年12月30日

「僕らのミライへ逆回転」 創造の可能性と人間の幸福について

ミシェル・ゴンドリー監督 『僕らのミライへ逆回転』 (シネマライズ渋谷)

原題 『Be Kind Rewind』

閉鎖の危機に瀕する小さなレンタルビデオ店。ある日、妄想癖のある男が押しかけてきて店に致命的なダメージを与える。店内にあるすべてのVHSから映像が消失してしまったのだ。

be_kind_rewind00.jpgミシェル・ゴンドリーとはいえ、ベタな喜劇なら見送ろう。なんて思っていたのだけれど、でも思い直してよかった。前半は、映画でこれほど笑うのは久しぶりだなと思うほどげらげら笑い、やがてしんみりきて、最後には思わずほろりとしてしまった。その演出のトーンが見事に切り替えられいて、ふと気づくと作品世界の流れに我が身をまかせている。それが心地よかった。さらに本作には、モノをつくる行為へのオマージュが籠められているというか、人間の創造性が人々を幸せにしていく過程がきめ細かく描かれていて、その様子を眺めるこちら側までもが不思議な幸福感に包まれていく。つまり、二時間弱のあいだに心の中の様々な感情が刺激され、意識のどこかしらがよみがえるというか、活性化されてしまうのだ。

そのレンタルビデオ店は、近代建築物の隅にへばりつくように建てられている。どうにかぎりぎりのところに踏みとどまっている、その在り方もよかった。しかし、偽善者たちはいかにも偽善的に立ち振る舞い、その圧倒的な力で映画を踏み潰して、この小さな店を消し去り、この世のすべてを平坦に均そうとする。悲劇である。げらげらと笑ってしまったけれど、この話には哀しい側面がほかにもいろいろとある。だから喜劇的でありながら、どこか哀しいのだ。という意味で、本作は、悲喜劇的な成り立ちをしているこの世界をうまく表現できていると思う。それでも嘘と妄想の力をもってすれば、それをかたちにする能力を磨き、情熱を持つことができてさえいれば、均質に向かおうとするこの世界のあちらこちらに特異点をつくることはできる。人にそう思い込ませるだけの力がこの作品には籠められている。


posted by Ken-U at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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