2006年01月16日

「マグノリア」 I love you and I'm sick

ポール・トーマス・アンダーソン監督 『マグノリア』 (DVD)

冒頭、警官のジム・カーリングが”マーシィ(mercy)”という女を捕らえ、連行する。その直後、彼の前に預言者が現れるが、ジムは預言者の吐く言葉が理解できず、その予言を退けてしまう。慈悲や予言という施しが排除された後に、この物語は幕を開ける。

magnolia03.jpgいくつかの物語がパラレルに進んでいく。それぞれの物語に共通しているのは、家庭の崩壊と父親に対する憎悪だ。夫婦の間の裏切り、そして父親の子供に対する抑圧、陵辱、搾取が描かれている。
傷ついた子供たちはトラウマを抱えたまま成人する。クローディアは自傷行為に走り、フランクは捏造したフィクションの中で超越者として振舞う。ドニーは行き場のない愛を抱えたまま街中を彷徨う。彼らは出口のない闇の中を生きているようにみえる。

神の力を借りながら、この作品は近代の父権的な共同体に罰を与えようとしているのかもしれない。その点で、ジムとクローディアの恋愛劇は象徴的な描かれ方をしている。
初めてのデートの直前、姿の見えない何者かの力によって、ジムは拳銃を失くしてしまう。これは男根的なものを奪うことによる神の忠告だと受けとめることができる。この事件をきっかけに、彼は態度を変える。それまではとても権威的だったものが、とても柔らかい受容的なものへと変わっていくのだ。忠告を受け入れたジムは、クローディアとの恋を成就させる。彼は未来を与えられた。

*****

フランク・マッギーの父親、アール・パートリッジは罪を許されるただひとりの父親として描かれている。彼は癌に侵され、病床に伏している。死を目前に控えながら、アールは過去の罪を悔いる。
人生を好きに送れば悔いがない。その考えは誤りだった。人間は勝手に生きればいいというものではない。死の目前にして、アールは懺悔する。そして望みであった息子との再会を果たし、永遠の眠りに就く。救済は死によってのみもたらされるのだ。

*****

過去に犯した過ちを消すことはできない。しかもその罪はどこまでも追いかけてくる。人間は命ある限り過去の呪縛から逃れることは出来ないのだ。だから過ちを犯す前に気づかなくてはならない。知識を捨て去り、早く気づかなければ手遅れになってしまう。過ぎた時間を取り戻すことなどできはしないのだから。このメッセージは胸の奥に閉じ込めている何かに触れる。

台詞の中には多くのメッセージがちりばめられている。この作品を観ていると懺悔したり、祈っているような気持ちにさせられてしまうのはそのためなのだろう。
蛙オチに限らず、この作品には聖書から引かれている要素が多い。だから掴めないところが多々あるのだけど、そのおかげで観る度に新しい発見がある。といってもまだ2度目の鑑賞なのだけど。観ていると痛みが伴なうのに、何度でも観たいと思わせる作品だ。

『ブギーナイツ』を観た時に、ポール・トーマス・アンダーソンは心の友だと思ったけれど、この『マグノリア』を観てその想いはさらに強まった。彼は自分の身代わりなのではないか、とさえ錯覚した。それほどこの作品には響くものがある。


この記事へのコメント
こんな見方もあるのか、と新鮮でした。「近代の父権社会への批判」。なるほど、です。DVDを購入したら、ボーナスとして、インタビューが付いていました。そのなかで、ジュリアン・ムーアが、「抑えた演技は得意だけれど、今回は爆発する演技だったから、安っぽくしないようにするのが難しかった」と言っていて、改めて、これは映画なんだよなと思った次第です。それくらい、私もこの映画の世界のなかに入り込んでいました。
Posted by saffron at 2006年01月16日 16:29
昨晩観たんですが、2回目の方がぐっときましたよ。そのまま寝ようとしたんですが、なかなか眠れなかった。かなりたかぶっていたようです。

1回目は物語を追うのに意識が集中していたような気がします。今回はもう少し俯瞰して観ることができました。そうしたら、父権社会に対する強い態度を感じてしまったんです。TVのクイズ番組はその縮図として描かれていたと思います。人間関係もそうですが、知のゲームによって富を生み出すという仕組みもそうですね。それで最後には崩壊して、子供は逃げ出してしまいます。

脚本だけではなく、映像や音楽もとてもいいし、トム・クルーズやジュリアン・ムーア、そしてその他の役者たちの演技も素晴らしかった。『ブギーナイツ』とこの作品を劇場で観た後は、しばらくはジュリアン・ムーアが大好きになりましたよ。とても魅力のある女性ですよね。
Posted by Ken-U at 2006年01月17日 02:11
しつこく、マグノリアについてまだ考えています。最近新しく始めたアルバイトの通勤が往復二時間もかかるので、マグノリアを録音して聞いているせいでもあります。考えたことをまとめてみました。よければまた読んでいただけるとうれしいです。週末にはブギー・ナイツを見る予定です。
Posted by saffron at 2006年01月19日 12:21
saffronさん、コメントありがとうございます。

往復2時間ですか。しかし、その途中で録音したマグノリアを聞くというのは気合が入ってますね。ぼくだったらすごい顔をしてしまいそうですが。
saffronさんの文章、さっそく読ませてもらいますね。
Posted by Ken-U at 2006年01月19日 23:58
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