2009年07月16日

「グラン・トリノ」 すべては未来のために

クリント・イーストウッド監督 『グラン・トリノ』 (渋谷TOEI2)

原題: 『Gran Torino』

未来のために、過去を葬る。

gran_trino00.jpgこれが、自身が出演する最後の監督作品になるという記事をどこかでみた。そういわれてみると、たしかにこの作品はクリント・イーストウッドの生前葬のようなつくりをしていたと思う。彼の遺言となる本作のテーマは、『ミリオンダラー・ベイビー』(過去記事)と同じく"Tough ain't enough"ということになるのだろう。未来をつくるためには、タフなだけではいけないのだ。彼は本作の中で、そのメッセージを彼自身の身をもって表現した。そして棺の中に身を横たえ、合衆国という共同体を強欲の白人たちにではなく、古風で素朴な性格を持つ移民たちの手に委ねたのだ。

あの決定的な事件が起きるまでは、どちらかというと、作品世界にどこかほのぼのとした雰囲気があった。孤独な男とモン族一家がみせるつつましい交流。その過程ではいくつかの小さな事件があったけれど、しかしモン族がみせた誠実さや、その後の微笑みがその歪みを掻き消してくれた。その中でもとくに印象に残ったのは、モン族がみせたあの過剰なまでの贈与の行為である。そうした様々なかたちの交歓を通して、互いの心は徐々に通い合っていったのだ。しかし、あの忌まわしい事件をきっかけに、世界は暗転する。この極端な転調はとくにひねりもなくまっすぐに演出されるのだけれども、その身も蓋もない残酷さが暴力の暴力らしさを際立たせていて、そこにイーストウッド監督の本作に対する強い思い入れが籠められているように思えた。

世代交代。そしてタフな男像の倒壊の描写は、偶然にも先日みた『ウェディング・ベルを鳴らせ!』(過去記事)と通じていると思った。やはり、時代は変化していくのだ。そして変化させていかなければならないと思う。とりあえずぱっといけばよい、ぶっ放せばよいというものではないのだ。
posted by Ken-U at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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