2006年01月28日

利権闘争とアメリカ ハイチの混乱

BS世界のドキュメンタリー
『政情不安に揺れるハイチ 〜混乱はなぜ続くのか〜』

2004年2月、ハイチで反政府武装勢力が蜂起し、当時の大統領アリスティドは退陣に追い込まれた。前大統領の国外逃亡後、国連平和維持部隊が事態の収拾にあたるが、状況は改善されず、混乱は今も続いている。

haiti02.jpg17世紀末、スペインからフランスの手に渡ったハイチは、1804年、国家の独立を宣言する。アメリカ大陸では合衆国に続く2番目の独立国家であり、アフリカ系住民が主体となる世界初の国家となった。

しかし1915年、アメリカ海兵隊はハイチを占領し、新たな行政と軍事システムをハイチ国家に導入する。この占領体制は1934年まで続く。その後、1957年に軍部主導の独裁政権が誕生する。


スペイン領の時代に先住民は消去されているので、現在のハイチ国民はアフリカで拉致された奴隷たちの末裔である。植民地時代、ハイチはコーヒーや砂糖産業(過去記事)によって多くの富を生み出した。独立後、貧富の格差が拡大し、統治の安定が損なわれた結果、アメリカの介入を許す事態に陥ったようだ。ハイチの富裕層と軍部、そしてアメリカは歴史的にも繋がりが強く、貧困層の人々と激しく対立をしている。ハイチはコカイン密輸の中継地としての役割も担っているので、政治の裏側では複雑な利害や思惑が絡み合っているのだろう。

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1987年、民主選挙によって、貧困層の支持を集めたアリスティド神父が大統領に就任する。新大統領は民主政権を目指すが、就任からわずか7ヵ月後、社会の変革を恐れた富裕層が軍部と結託してクーデターを起こす。アリスティドは失脚し、アメリカへと逃亡する。

1994年、ハイチ国内の混乱にアメリカが介入し、アリスティドを復帰させる。アメリカから帰国したアリスティドに過去の面影はなく、スラム街のギャングとの連携によって政敵を排除し、選挙でもあからさまな不正を行いながら、政権の座に執着した。

2003年秋、あからさまなギャングとの癒着を嫌うアメリカからの要求を受け入れ、アリスティドはスラムのギャングに圧力を加え始める。これを裏切りとみたギャングは蜂起し、これに民衆や軍部の一部も加わって、社会はさらなる混乱に陥る。そして翌年、アリスティドは再びアメリカへと逃亡する。

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反政府勢力の背後には共和党国際研究所(IRI)の関与があったという説もある。その背景には麻薬の影が見え隠れする。ハイチはコカイン密輸の中継地で、アリスティドがこれに直接関与したとする情報も紹介されていたが、従来、この麻薬利権は軍部(富裕層)のものであったのだろう。貧しい国家に富をもたらす利権をめぐり、アリスティドと軍部(富裕層)の闘争は繰り返されていたのかもしれない。

とはいえ、麻薬が生み出す富はひと握りの人々にしか還元されない。大多数の国民には関係の無いことではないだろうか。混乱の間に法秩序は崩壊し、ライフラインも整備されず、人々は極度の貧困に陥り、喘ぎ苦しんでいる。路上には闇市が並び、街にはゴミが散乱し、あちらこちらに死体が転がっているような世界。ほぼ破綻状態にあるこの社会に未来はあるのだろうか。


posted by Ken-U at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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