2009年08月08日

「阿修羅展」 三面六臂の謎、生命力と憤怒

『国宝 阿修羅展』 (東京国立博物館)

ashura04.jpgまず最初に、中金堂基壇に埋納されていたという、金、銀、真珠、水晶、琥珀、瑠璃、瑪瑙などの七宝、そして銅鏡、刀剣、銀鋺、水晶玉などが展示されていて、その様々な種類の鎮壇具を眺めているうちに、先日の『阿修羅のジュエリー』(過去記事)の記憶が重なり、宝玉たちが脳内で色とりどりに輝きだした。この展覧会をきっかけに、くすんで地味な色合いだった平城京のイメージが、きらきらしい派手な色彩に変わった。

娯楽性の高い楽しい展覧会だった。並べられている仏像はどれも迫力があり、同時に深い味わいを醸し出してもいて、とても魅力的にみえた。本展の主役である阿修羅像はもちろんそうなのだけれども、鎌倉時代につくられたという四天王にも阿修羅像とは性格のまったく異なる凄みがあり、その荒々しさに圧倒された。また、仏像そのものが持つ生命力だけではなく、ディスプレイの方法ひとつでこうも空間の雰囲気が変わるものなのか、と感心させられた。

しかし、なぜ阿修羅は釈迦に帰依するようになったのだろう。インドでは鬼神であった阿修羅が、いつのまにか、どこかしらで改心して、あのように穏やかな涼しげな顔をして佇んでいる。しかも意外に派手な格好をしており、そのうえステージ上でスポットライトを浴びたりしてそれがまたよく似合っているのである。こんなことになるなんて、阿修羅自身もあの頃には予想してなかったのではないかと思う。生命の力、光、炎、怒り。それぞれは繋がり合いながらこの世の成り立ちを複雑怪奇に保っているのだけれど、しかし阿修羅の顔は涼しげ、娑婆に無数の修羅場を置き去りにして。
posted by Ken-U at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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