2006年02月03日

「女が階段を上がる時」 浮世を離れた先に

成瀬巳喜男監督『女が階段を上がる時』

銀座のバーで雇われマダムをしている圭子。水商売の世界では、彼女はもう若いとはいえない。このままでは、これまで大切にしていたものを守ることすら儘ならない。彼女は岐路に立たされている。独立や結婚など、男たちが持ち込む甘い話に翻弄されながらも、圭子は気丈に立ち振る舞う。

onna_kaidan01.jpg銀座の女たちの姿を通して、男たちの偽善が暴かれていく。冒頭、間近に結婚を控えたホステスの姿が映し出されるが、それが幸福を描いた唯一のシーンだった。その直後、舞台は銀座の路地に移り、女性の自殺体が担架で運び出されるショットが映し出される。

華やかに見える女の世界。その裏側で、彼女たちは過酷な人生を強いられている。独立し、自分の店を持つことができるホステスは一握りだけだ。野心を抱える女は男たちの誘惑に乗って、カラダと引き換えにカネの都合をつける。しかし結局のところ、独立といっても男のカネに縛られてしまうのだ。その果てに、カネの重圧に耐えかね、自ら命を絶つ女もいる。それでも彼女たちは、酒を浴びながら男の機嫌をとり続けなければならない。酒と男は女たちを蝕んでいく。

*****

圭子は階段を上がる。彼女のバーは階段の上にあるのだ。タイトルにも表されている通り、繰り返し映されるこのショットには象徴的な意味が込められているのだろう。
階段の先には、圭子たちが生きる舞台がある。その舞台は浮世から少しだけ離れた、天国のような、地獄のような場所なのだろう。圭子たちにとって、階段とはあの世の入り口のようなものなのかもしれない。


posted by Ken-U at 17:36| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画(成瀬巳喜男) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちわ、Ken-Uさん
サブタイトルがとても印象的ですね」。
たしかに、繰り返し用いられてる、この何気ないシーン。想像以上に、いろいろなものを暗示してるのかもしれませんね。…思わず考えさせられました
Posted by noho_hon at 2006年02月06日 09:11
noho_honさん、コメントありがとうございます。

成瀬作品では坂や階段の上り下りのショットがとても効果的につかわれているように思います。
階段といえば、『乱れる』で加山雄三が階段を上る時の姿が思い出されます。階段を上り、暗闇の中にすっと消えていく後姿は、彼の将来を暗示しているようでした。成瀬作品の「階段」には、象徴的な意味が籠められているようですね。
Posted by Ken-U at 2006年02月06日 14:26
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女が階段を上る時
Excerpt: 最近では、松本清張原作のドラマ。『黒革の手帖』のヒットで、米倉涼子が女優としての株をぐ~ん上げた!のが記憶に新しいですが 山口洋子や、室井祐月、ますいさくら(ふたごやのママ)の活躍。つのだじろう..
Weblog: のほほん便り
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