ギャラリーの壁に、6,000枚のポラロイド写真。
ポラロイドに埋め尽くされた壁と向き合い、その迫力に圧倒された。そしてしばらく遠目から眺めたあと、そろそろ近づき、視線を無秩序に飛ばしながら、それらポラ写真のどれもが猥雑で、それでいてユーモアに満ち溢れていることに感心した。生命の、写真の不思議。なかでもとくに不思議に思えたのは、性的ではないはずの被写体、とくに食べ物を写した作品が笑ってしまうくらいに卑猥だったことで、たとえばサンドウィッチからはみ出したソーセージが卑猥なのはまだあれだとしても、どんぶりの上から眺めるラーメンのどろどろした在り様だとか、あとはなにがあっただろう、まあ、とにかくアラーキーの手にかかると、即席であるはずのポラロイド写真が淫らな荒木の色に染まり、そして月日の流れの中でほどよく色褪せ、その褪せたトーンがある種の無常感を醸し、悦びと哀しみを混ぜ合わせて、その群れをあたかもこの世の凝縮体の如くみせる。展示最終日。ギャラリーに向かう階段を降りるとき、ガラス越しに関係者と歓談している荒木氏の姿が視界に入り、ぎょっとした。緊張し、ギャラリー内にはなかなか入れず、入り口ちかくの書棚やカタログなどをちらちら眺めているうちに彼が出てきて、例の調子でスタッフのひとりに声を掛け、お連れに囲まれつつ賑やかに去っていった。荒木さんと出くわすのはこれが三度目なのだけれど、初回は手足が震えて近づけず、二度目は見なかったことにして逃げ、三度目の今回は背後からその姿を視線で追い、声に耳を傾けるのみだった。この先、もう少しよいかたちでお会いする機会はあるだろうか。


