2006年02月18日

「拘束のドローイング9」 拘束と官能的再会

マシュー・バーニー 『拘束のドローイング 9』 (シネマライズ渋谷)

原題:『DRAWING RESTRAINT 9』

ぼくには「拘束のドローイング」シリーズに関する知識がないのだけど、調べたところ、マシュー・バーニーにとって”拘束”とは、”創造に不可欠な抵抗力”であるらしい。人間を創造へ突き動かす原動力は、それを拘束しようとする力との拮抗によりもたらされるということなのだろう。それを念頭におきながら作品を鑑賞した。

drawing_restraint01.jpgこの作品で扱われる拘束のイメージのひとつは捕鯨。作中では鯨の身体そのものは姿を現さず、その象徴として鯨油と龍涎香(りゅうぜんこう)という鯨の排泄物が映し出される。

捕鯨船の甲板に運び込まれた鯨油はゆるりとした液体で、かたちはなく、そのなめらかな姿はどことなくエロティックな雰囲気を漂わせている。そして船員たちは、鯨油を型枠の中に流し込み、凝固させていく。超越的領域(ここでは海中)からもたらされ、輪郭を持たない何か。その”何ものか”に人間の力が介入し、かたちを与えていく。その行為には創造のプロセスそのものが投射されているように思える。

本作で扱われるもうひとつの拘束は作法。マシュー・バーニーとビョークが演じるカップルは、海に浮かぶ捕鯨船を訪れ、船中の日本人にもてなされる。そこでは”型”によって制限される日本人の所作が描かれている。ほかにも阿波踊りや船員たちの作業風景など、”型”によって”個”が排除されているようにみえる日本人の姿は、あらゆるシーンの中で執拗に繰り返されている。

*****

その”日本的”拘束が溢れる船内を舞台に、マシューとビョークのラブ・ストーリーが官能的に紡がれていく。

彼らは船内に到着すると、導かれるままに身づくろいをする。その後、船内に設けられた茶室に入り、もてなしを受ける。
その際、身にまとう和服が毛皮で仕立てられていたり、茶室で扱われる茶器の素材にウニや貝の殻などがつかわれていたりと、その光景は本来の日本のものより野生化した素材をつかって描かれている。そして茶の儀式が終わり、”もののあはれ”の思考が彼らに伝えられると、そこに漂う龍涎香の力も手伝って、ふたりは欲情し、その身体を絡み合わせる。すると船内に鯨油が溢れ出して、ふたりの身体を浸していく。

日本における拘束(型)とは、自然と人間が一体となる”もののあはれ”の思考にもとづいている。ふたりはその”野生の思考”に触れることで、心の奥底に秘めていた野生を剥きだしにして、やがては鯨へと変態を遂げる。その様子はとても刺激的で、強い官能を感じさせる。

*****

得体の知れない物質(のちに龍涎香だとわかる)を小箱に詰め、薄紙に包んで熨斗を添えるという冒頭のシーンは、この作品がマシュー・バーニーからもたらされるある種の贈与であることを意味しているのだろう。彼の日本文化に対する理解の深さに驚かされるとともに、”もののあはれ”の思考を背景としながら、自然と人間、男と女、そして西欧と日本とが出会い直して混ざり合うという、この官能的な再会の物語に圧倒されてしまった。

(関連記事:「十字架と鯨」 西欧の拘束と十字架/2006/02/18)


posted by Ken-U at 01:10| Comment(2) | TrackBack(1) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TB+コメントありがとうございました。
私にはとても難解な映画だったので、Ken-Uさんの記事、興味深く読ませていただきました。生半可に日本の文化を知っている分、純粋に映画にのめり込めなかったのが残念。でも印象的な作品になったのは間違いありません。
『ライフ・アクアティック』は最高でしたね!笑いの感性は人それぞれ千差万別、だからこそ、ツボにハマった時の喜びは何物にも代えられない喜びです。ハイセンスな笑いを作れる監督が大好きです。
Posted by Ako at 2006年02月19日 22:26
Akoさん、コメントありがとうございます。

この作品のヴィジュアルと音楽はとても強い印象を与えるものでしたね。意味がなくても押し切れるくらいの力があったような気がします。

『ライフ・アクアティック』については監督に代わってお礼がいいたいくらいですねw)ぼくは笑うだけじゃなくて泣けるところもあったんですけど。センスのある監督であることは間違いないですね。
Posted by Ken-U at 2006年02月20日 02:01
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Tracked: 2006-09-19 13:27
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