2010年02月07日

『静かな叛乱 鴉と鯨の対話』 黒い機械と人間、その境界について

『レベッカ・ホルン展 − 静かな叛乱 鴉と鯨の対話』 (東京都現代美術館)

rebecca_horn.jpgこれといった予備知識もなく、『ラグジュアリー展』を観た流れでそのまま鑑賞したのだけれど、思いのほか楽しむことができた。

広い空間の中に、いくつかのインスタレーションが設えられている。色は、黒が目立つ。というか、黒ばかりだ。これは近代を象徴する色であり、同時に、死を意味する。そしてそれらの黒い装置にはそれぞれ機械が仕掛けてあり、その機械は規則的に、あるいは不意を打つように動いている。たとえば、天井から逆さに吊るされたグランドピアノが突如として動き出したり、細長いアームの先から塗料が噴き出し、自律的に壁面に絵のようなものを描いている。

このように、機械があたかも人間のように動いてみせるのだけれど、しかしその振る舞いそのものはあくまで無機的で、人間、というか生命体がみせる有機的な動きとはかけ離れている。あと、これはその後の映像作品でみたのだけれど、テーブルがよろよろ歩いたり、人が車椅子で移動したりと、人と機械の境界が曖昧にみえるショットが印象的なつかわれかたをしていて、おそらく、こうして機械が人間に見立てられたり、人間が機械に見立てられたりすることは、これらの作品群全体にとってなにか深い意味があるのだろう。

それで、その意味とは?なんて考えてみても、答えが明快に得られるわけじゃない。もしそれを理路整然とした言葉で言い表せるとしたら、なにもこうした複雑な仕掛けなど作る必要もないだろう。それよりも、オブジェクトの造形やそれぞれの配置のされ方、あるいは機械の精緻な動作など、意味を超えた領域で魅力を放つモノの存在そのものが大切なのだと感じた。


posted by Ken-U at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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