ピエールは美しい母親と優雅な暮らしを送っている。彼らの世界は柔らかな光に包まれているが、やがてその光の世界は闇に覆われ、暗闇の奥からひとりの女が現れる。サラエボから来たというその女イザベルは、ピエールの腹違いの姉だと名乗る。イザベルとの出会いはピエールを変えてしまう。彼は覚醒し、あるいは覚醒したのだと思い込み、母親と婚約者を捨て、イザベルとともにこの世界の向こう側へと堕ちてゆくのだ。

光の世界で愛し合うピエールとリュシー。しかし、リュシーの顔は隠されている。バスルームでピエールに抱擁されるとき(このショットは鏡越しに撮られている)、ウエディング・ドレスを試着するとき、ピエールに別れを告げられるときのいずれも、リュシーの顔は何かに覆われ、隠されているのだ。それは、ピエールが覆面作家として成功を収めていることと繋がりがあるのだろう。彼は多くのものを得ており、満たされているようにみえるが、それでも何かが欠けている。その”欠けている何か”が”顔”として表現されている。
ピエールはもうひとりの分身、イザベルにその”顔”をみつける。サラエボというヨーロッパの闇から現れた彼女は、ピエールの心の闇を映し出している。ピエールは彼女に導かれるように暗闇の中へと足を踏み入れてゆく。暗闇の中には秘密が隠されており、その秘密に触れることによって真実を見出すことが出来る、と彼は直感したのだ。しかし、彼の無謀な行動がもたらしたものは混乱と破壊のみであった。闇は全てを引き裂き、黒く塗り潰してしまうのだ。
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まだうまく掴むことができない。とくにピエールとリュシー、そしてティボーの三角関係がよく解らない。かつては一体であった"3"が"2"と"1"に別れ、その"1"が資本主義と強く結びつくという構造は、キリスト教の三位一体の概念と繋がっているようにも感じられる。が、その先はよく解らない。このあたりは、ハーマン・メルヴィルの原作を読むと解るのかもしないけれど、そこまで深追いする気はないので、次回の鑑賞でもう少し理解を進めたい。
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昨秋、BSで放送された成瀬巳喜男の特集(過去記事)を観て、レオス・カラックスのことを思い出した。本格的な春が来る前に彼の作品を観たかったのだけど、未だ新作の公開予定も立っていないようなので、この作品を観ることにした。主人公が光の世界から闇の世界へと堕ちていく、という設定は『浮雲』と通じている。また、境界を渡る際に、線路やトンネルが舞台としてつかわれるところにも、成瀬の面影を感じることができた。
ところで、カラックスの新作はどうなっているのだろう。"Scars"は頓挫してしまったのだろうか?新しい作品が完成するのを心待ちにしているのに。彼自身が『ポーラX』の世界を生きているのではないかと気を揉んでしまう。難解でも、時代遅れでもいいから、是非とも作品を完成させてほしい。カラックスにはそれだけの魅力があると思う。