2010年04月24日

「悪人」 棄てられた魂の行方

吉田修一著 『悪人(上・下)』 (朝日文庫)

馴染みのある土地が舞台であることも手伝って、久し振りに吉田修一の小説を手にした。

badguy01.JPG始めは平坦で、人々の渇いた暮らしぶりが、例えば「ルイ・ヴィトン」などの目に見える記号を通して子細に描かれていて、その描写が几帳面すぎるのか、それとも喩えが古いのか、まあその両方なのだろう、正直、読んでいて退屈を感じたのだけれど、前編の途中、祐一の登場をきっかけに作品世界が一変した。彼は、この小説の中で、温度を持つ唯一の人間だと思う。しかも、その血は熱くたぎっていた。そしてその熱くたぎる血の温度が周囲に伝播して、渇いた人々の魂を揺さぶり、巻き込みんで、悲劇の渦をかたちづくっていく。その様子に引き込まれて、読みながら、何度となく電車を乗り過ごした。

親に見棄てられた男が、親戚に引き取られ、その恩に縛られながら閉塞した世界を生きる。その有様に胸を締めつけられた。彼にとって、唯一の逃げ場が自動車だったのだろう。車を運転している間は、あらゆるしがらみから解き放たれ、ここではないどこかへ行くことができる。小説や映画において、車はしばしば共同体の比喩として描かれると思うけれど、本作において車は孤立した個人を表していて、それが印象に残った。

「悪」とは何か?「悪人」とは何者なのか?という問いが読み手に投げかけられているのだと思う。祐一は悪人なのか、偽悪者か、それとも被害者なのか?では、悪いのは誰か?当然のことながら、その答えを出すことはできない。話の結び方がよかったのかどうか、よくわからないところもあったけれど、棄てられた人間が抱える心の傷、その傷は一生癒えることはないのだけれど、ひきずらなければならない傷の痛み、また、その傷跡にさらなる暴力を受けたときの動揺、怒りなど、それらの描写に様々な感情が湧きあがり、心ゆれた。


posted by Ken-U at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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