2010年05月04日

「夢と犯罪」 貨幣の過剰、地上から引き剥がされた命運

ウディ・アレン監督 『ウディ・アレンの夢と犯罪』 (恵比寿ガーデンシネマ)

原題:『Cassandra's Dream』

男たちは賭けに出る。

cassandres_dream.jpgある兄弟が奈落の底に転落する。しかし転落といっても、彼らはそれまでとくに成功を収めていたわけではなく、兄は家業を手伝いながら投資資金を蓄える程度、弟は車の整備工場で平坦な日々をやり過ごしているにすぎなかった。そうした日常の中、つつましく暮らしていたはずの彼らが、なにがきっかけだっただろう、「カサンドラの夢」という名のクルーザーがひとつの転機になったのかもしれない。しかしその背後には賭博があり、彼らがその魔力に魅了され、翻弄されたことこそが転落のきっかけになってしまったのだ。しかも、気づくとすでにゲームは始まっており、そこから後戻りすることはできなかった。

賭博は人を日常の呪縛から引き離し、その運命を宙吊りにする。その背後には人智を超えた恐ろしい力が潜んでいて、人はその魔力にある種の畏怖の念を抱く。兄弟は、あの時、宙吊りにされた自分たちの運命を見上げながら、なにを思っただろう。恐怖と恍惚の混在する人生の転機。彼らは、身震いしながら一気に賭博の世界に近づき、その魔力に身をあずけて、この閉塞した世界から脱出を図ろうとする。

貨幣が生む過剰な欲望、そして人生の不確実性を描いているという点では、以前の『マッチポイント』(過去記事)によく似た作品だと思う。たしかに、人生は不確実性とともにあるし、とくにそこに貨幣が絡む場合、その賭博性は人間を破滅に追い込む場合がある。だから人は、こうした危険に充分に注意を払いながら生きていく必要があるのだけれど、しかし魔力は人智に優る力を持っているがゆえに、人を盲目にし、その判断力を易々と奪ってしまうのである。とくに莫大な貨幣が仮想空間を流動するこの世界において、命がけの賭博と無縁に生きていくことは可能なのだろうか。実は、誰もが転落と隣り合わせで、人殺しを強要されながら生きている。この世界の有様とはそんなものなのかもしれない。
posted by Ken-U at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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