
21世紀文化論イヴェント
中沢新一 X 細野晴臣 「これからはじまる音楽のために」@多摩美術大学
5月13日(土)、終日雨。冷え込みの厳しかった5月の午後、無料イヴェントだというので八王子まで足を運んだ。会場(レクチャー棟Aホール)前にはすでに長蛇の列ができていて、会場内では通路で立ち見に座り見、それでも中に入れなかった人たちは別会場(同Bホール)に誘導され、そこに配信される映像を眺めることでこのイベントの行方を見守らなければならなかった。かなりの盛況ぶりだった。
前半は中沢新一氏と細野晴臣氏による対談。同校芸術学科客員教授に就任した細野氏に対して中沢氏が、”教授”といえばもう一人いたね、という軽口を浴びせ、それがツカミとなって軽やかなトークがスタートした。冒頭はふたりを結びつけたというインド(での下痢)の思い出(とくに死相が表われた人を日本人は避けようとするが、インド人は逆に近寄ってくるという話は面白かった)、そして細野氏と弘法大師との関係、YMOか高野山かで迷ったという細野氏の岐路、ふたりで日本の聖地を巡り『観光』という本を出した時の印象、YMOに横尾忠則氏を誘ったというこぼれ話、アメリカを通して日本を眺め直すことで新たな日本を再発見しようと試みたYMOというプロジェクト、その功罪、細野氏を魅了するカリブ音楽の醍醐味についてなどなど、即興的な対話はあちこちに逸れつつ、それでもひとつの大きなうねりのようなものが感じられて、多分この対話自体がある種の音楽として意識されているのだろうな、と思った。
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このイヴェントの主題となっていたのは、極限まで均質化を推し進めようとする世界における音楽の可能性について、ということになるのだろう。
音楽産業がその規模を拡大させていくに従って、市場に出回る音楽は均質化を強いられてきた。それは西欧でピアノという楽器が生まれ、音階・音程が合理化されたところから既に始まっていたのだという。しかし、かつて世界の”外側”に位置していたインドや中東の音楽はもっと複雑な構造を持っていた。同じようなことはカリブの音楽にも当てはめることができる。とくに曲の中で拍子が緩やかに変化するところなどはカリブ音楽の真骨頂で、それは聴く側以上に奏でる側に強い快感を与えるのだという。さらに、カリブ諸国は西欧に支配されてきた歴史があるにもかかわらず、現地の人々は西欧人が持ち込んだ音楽を拒絶するのではなく、それを受け入れながら消化し、自分たちの音楽の中に溶け込ませてきたのだ。その有機性には味わい深い魅力が感じられる。イヴェントの後半では、そのサンプルとしてマルティニクの音楽やカリプソなどが紹介され、また、細野氏に越美晴さんも加わって3曲ほど実際に演奏を聴くこともできた。
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芸術人類学研究所では、新しい音楽を生み出すための新レーベルを立ち上げようとしている。そのためにNPOをつくり、細野氏のリードによってそのプロジェクトが進められるという。細野氏の話によると、市場システムとは距離をとりつつ、ネットによる配信だけではなく、パッケージを供給することも予定しているのだそうだ(4月27日の読売新聞にその記事があるのだけど、ネット上では公開されていない)。
そのタイトルからはG.L.ゴダールの『アワーミュージック』が連想される、予想以上に面白いイヴェントであった。ほかに書き留めておきたいことはまだまだあるのだけど、対談の冒頭で展開された下痢の話がとても面白く、というか、おふたりがとても活き活きとそれについて語られていたので、ついそれにつられて下痢の話を長々と書いてしまい、それを直していたらやけに時間が経っていた。夜も更けてしまったので、書き残したことはまた別の機会にゆずるとする。
(デジカメ修理中のため、画像は記事の内容と一切関係ない)


