原題: 『FANTASTIC MR. FOX』
生きていてくれて、ありがとう。
ストップモーション・アニメでつくられてはいるけれど、父と息子の関係であるとか、散りばめられた笑いによる独特のゆるみなど、本作でもいつものウェス・アンダーソンらしさは健在であった。でもアニメであるせいか、表現の幅、奥行きに限りが感じられるところもあって、これはこれでいいのだけれど、正直、次作は実写だといいなと思った。つまり、いい歳こいた私にはまずまずの作品だったのだ。とはいえ、近くにいた子供たちが喜んでやいやいしていたので、やはり、これはこれでいい作品なのだと思い直したり。息子は父親との関係をこじらせている。自分が父親に認められていないと感じていて、でもその想いに押し潰されてしまわないよう葛藤し、反抗してみせたり、常にもがいている。それであえて無茶をしたり、その挙句に失敗を重ねてさらなる偏屈の穴倉の中に陥りかけてしまうのだけれど、しかし彼の父親はさらに無茶な男で、それで親子の無茶がさらなる無茶を誘発し、ついには家族や周囲の人たちを巻き込んで無茶苦茶な事態を招いてしまうのだ。しかしこの喜劇的な無茶苦茶は、父と息子が、じつは心に同じ問題を抱えながら生きていることを顕していて、どこか切ない。
この『ファンタスティック Mr.FOX』においてウェス・アンダーソンが描きたかったのは、いよいよというところで父が息子に語りかける、あの場面なのだと思う。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のときと同じように、父が息子に珍しく優しい言葉をかけ、その言葉をきっかけにすべてが収束に向かい、人々が再び平和につつまれる。いわゆるハッピーエンドが彼の世界に訪れるのだ。で、その言葉とは、生命に対する感謝の気持ち。父は、我が息子に、生まれてくれてありがとう、と感謝の気持ちを伝える。ウェス・アンダーソンは、本作を観るすべての子供たちにこのメッセージを伝えたかったのだろう。だからこそ、この作品をアニメで仕立てたのだ。
この世に生まれ出たこと、いま生きていること、その事実そのものが素晴らしく、感謝せずにはいられない。そうした気持ちを誘発する作品と、いま出会える奇跡。



ちょっとした、ドキドキがほしいな
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