英題『HENRI CARTIER-BRESSON: THE IMPASSIONED EYE』。
16日(日) 渋谷。
2004年8月、95歳でこの世を去った写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンを取材したドキュメンタリー作品。当時93歳であったカルティエ=ブレッソンとその周囲の人々が、彼の半生とその作品にまつわる想いをカメラの前で語っている。
写真家は、4次元からなるこの時空を瞬時にして切り取り、2次元の平面の上に焼き付けてしまう。この4次元から2次元への時空の微分法について、カルティエ=ブレッソン自身が思うところを語っている。彼によると、写真における重要な要素は、被写体となる事物の配置とバランスであるという。ここでいうバランスとは、”理論”と”直感”など、目には見えないものを指している。写真における微分法には、言葉にすることが難しい要素が多々含まれているのだ。その点については、少し意外なことに、カルティエ=ブレッソンの被写体であり、その作品の鑑賞者でもあるイザベル・ユペールがうまく言葉にしていたと思う。カルティエ=ブレッソンに次いで、彼女の言葉には響くものが多かった。曰く、優れた写真とは、目に見える事物そのものだけではなく、その過去や未来なども含めた背景や物語を感じさせるものであり、さらにいうと、音楽に近しくなるべきものである。撮影のプロセスには言葉では言い表すことのできない直感的な要素が多く含まれるが、そのプロセスによって生み出される作品には美しいフォルムが与えられる。それは演技におけるプロセスにもよく似ているという。つまりは、写真に限らず、芸術表現のコアの部分には、言葉では決して近づくことのできないある種の超越的な領域が保存されているということだろう。
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アンリ・カルティエ=ブレッソンの、穏やかな、そしてどこか人懐っこさを感じさせるその佇まいに、これも写真家の才能のうちなのだろうなあ、と感じ入ってしまった。その才能は、とくに人物のポートレートを撮影する局面で威力を発揮することだろう。彼が、被写体を"shoot"する瞬間を狙ったとしても、その被写体が彼に警戒心を抱くことは少ないのではないだろうか。例え警戒したとしても、おそらく、その緊張を維持することは難しいだろう。一瞬の間、気を緩めたその瞬間に、彼はすかさずシャッターを切ってしまう。その被写体との距離、タイミングの計り方が、きっと天才的なのだ。だからあのような写真が撮れてしまうのではないだろうか。
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このドキュメンタリーを眺めていたら、彼の写真集が欲しくなった。この作品がDVD化されたら、それも手に入れたい。あと、イザベル・ユペールがお気に入りリストに登録された。彼女はとても魅力的な人だ。



写真展に行かれたのですね。こちらでは昨年、大きな写真展があったのですが行けませんでした。
物凄く後悔しています、行けばよかったなぁ。。
メキシコの娼婦たちの写真は、DVDで観ても印象的でしたね。
まだまだ残暑厳しいです、ご自愛下さいませ。
ではでは。
この展覧会は東京だけみたいです。アンリ・カルティエ=ブレッソンの最晩年期に企画されたもので、本人も構成等々に関わったとか。
毎日、残暑とは思えない暑さが続いてますね。今日は少し落ち着きましたが。最近の夏はこわいくらいに暑いです。