2006年08月24日

「フランソワ・トリュフォー」 人生、それはスクリーンだった

アントワーヌ・ド・ベック / セルジュ・トゥビアナ編集
『フランソワ・トリュフォー』

1932年2月6日土曜日、ジャニーヌ・ド・モンフェランは男の子を出産し、フランソワ・ロランと名付ける。しかし、未婚の母であることがカトリックの古い道徳観に反することもあって、ジャニーヌは生まれたばかりの息子を里子に出すことにする。翌年、彼女はロラン・トリュフォーと結婚するが、フランソワを引き取ることはせず、そのかわりに、衰弱する一方のフランソワを見かねたジュヌヴィエーヴ・モンフェラン、ジャニーヌの母親が彼の受け入れを決意する。その後、1943年に、ロラン、ジャニーヌ夫妻が彼を引き取るまでの間、フランソワはこの世界から疎外された存在として生き続けなければならなかった。

truffaut01.jpg本書には、フランソワ・ロラン・トリュフォーの誕生から死に至るまでの52年間が克明に記されている。ここまで細かい情報を網羅することができたのは、手紙や請求書、薬の処方箋にいたるまでのあらゆる書類をトリュフォー自身がファイルし、自ら経営するレ・フィルム・デュ・キャロッスのオフィスに保管していたからだという。トリュフォーのこの”記録癖”は、無数の書類が詰め込まれたファイルだけに留まらず、彼によって撮影されたフィルムの中にまで及んでいる。つまり、少し大げさにいえば、トリュフォー作品は、彼自身の過去の断片をコラージュすることによってつくられているのだ。トリュフォーをこの執拗な”記録”に向かわせているのは、やはりその生い立ちが深く影響しているのだろう。自身の存在をこの世界に刻み込むことが、彼にとって最も重要な行為だったのだ。だからトリュフォーは、私的な作品を繰り返し撮影し、そこで主演した殆ど全ての女優と恋に落ちて(イザベル・アジャーニには逃げられた!)、仕上がった作品がひとりでも多くの人々に支持されるよう全力を傾けたのだ。

*****

波乱に満ちたトリュフォーの生涯の中でも、彼が映画監督になるまでの過程がとくに興味深く感じられた。
トリュフォーは比較的保守的な価値観を持った人間であるのに、本来身を置くべき世界からは疎外されてしまっていた。だから、彼は自分の居場所を半ば強引に奪い取ったのだ。文学的才能や得意の嘘などを駆使して、貴族階級や芸術家、批評家たちとのコネをつくり、「カイエ・デュ・シネマ」「アール」誌上で保守的なフィルム・ド・カリテ(良質な映画)の製作者たちを一方的に弾劾し、新しい作家の時代の到来を予言する。このトリュフォーの言動は新しい映画を求める若者たちの熱烈な支持を得て、この熱狂がこの後に訪れるヌーヴェルヴァーグの源泉となる。そしてトリュフォーは映画製作者の娘と結婚し、義父の出資を得て、自身の長編デビュー作である『大人は判ってくれない』を製作する。その後、この作品がもたらした成功によって、トリュフォーはヌーヴェルヴァーグの旗手として祭り上げられるようになるが、彼自身はここからヌーヴェルヴァーグ的な世界から遠ざかり始め、1968年の五月革命をきっかけとしてついに決裂する。政治的な運動と強くリンクしたヌーヴェルヴァーグから開放されたトリュフォーは、自身の”記録”に専念するための環境をつくりあげ、その中にこもっていくのだ。

とても複雑で、矛盾に満ちたトリュフォーの人格は、特別なものでありながら特別ではない、という気がした。それはある意味とても普通であり、とても人間らしいとさえ思える。考えてみればあたりまえのことなのだけど、優れた映画監督であれ誰であれ、普通の人間であることにかわりはないのだ。トリュフォーに対するその印象は、普通であるのにどこかしら魅力が感じられるトリュフォー作品ともどこかで繋がっている。
posted by Ken-U at 00:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画(フランス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
この本、読みたいと思ってましたが、未だ手にとっていませんでした。

トリュフォーについては、山田宏一氏の著作から断片的には知っていましたが、これはその集大成のようですね。
大きな書店にはありそうなので、今読んでいる本が終ったら、早速買いに行きます。
Posted by [M] at 2006年08月24日 11:22
[M]さん、こんにちは。

ぼくは図書館で借りて読みました。Amazonによると、この本より山田宏一氏の著作の方が評価が高いようですね。彼はトリュフォーの親友であり、トリュフォーから自分の分身とまでいわれた方のようですから、情報量重視のこの本より味わい深い文章を綴っているのだと思います。

とはいえ、本書にも興味深いところは多々ありました。例えば、トリュフォーの生い立ちもそうですが、ゴダールとの決別の過程(交わした手紙の内容等)などなど。ファンの方だったら必携の1冊になるかもしれません。
Posted by Ken-U at 2006年08月24日 21:20
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