2005年02月22日

「中世の非人と遊女」 柔らかな社会の姿

網野善彦著 『中世の非人と遊女』 (講談社学術文庫)

本書は、中沢新一氏の『悪党的思考』(過去記事)で描かれた中世日本の姿を、より具体的な事例に基づいた史実の積み重ねによって解説したものである。

hinnin_yujo.jpg中世の非人

本書では、非人≒職人と捉えられている。中世の職人とは、漁民、狩猟民、商工業者、芸能民、呪術師、博打などの職能民(非農業民)のことで、つまり自然界と人間界の間の境界的領域に生きる人々のことを指している。

現代のわれわれが、職人の見事な腕前に「神技」を感ずるのと同様、このころの人々はそれ以上に、職能民の駆使する技術、その演ずる芸能、さらには呪術に、人ならぬものの力を見出し、職能民自身、自らの「芸能」の背後に神仏の力を感じとっていたに相違ない。それはまさしく、「聖」と「俗」との境界に働く力であり、自然の底知れぬ力を人間の社会に導き入れる懸け橋であった。こうした力を身につけた職能民が天皇、神仏などの「聖なるもの」に直属して、その「芸能」の初尾を捧げ、自らを「聖別」された存在とした理由のひとつは、ここに求められる。

*****

自由に一人旅をする中世の女性たち

中世の女性たちは想像以上に自由で、社会的にも力を持っていたという史実には驚かされる。女性たちは、夫や両親に断りなく幾日でも旅に出ることができた。そこには家出も含まれている。処女の純潔は重んじられず、離婚によって不名誉を被ることもなく、再婚することもできた。さらに、妻の側から離婚を申し出る場合もあった。平仮名を駆使し、高い知的水準を持っていた、等々...

こうした柔らかな社会の中で活躍する女性たち、とくに女商人たちは、非人と同様、聖なるものとの繋がりを持つ高貴な存在として認識されていたという。さらに、性的技芸を職能とする遊女たちの社会的地位も同様であった。また、遊女は女房や巫女、尼とも近しい存在であったという。

*****

硬質な社会への転換

中世の後期以降、神仏や天皇の権威の衰退とともに、これらの人々の社会的地位は著しく低下する。聖なるものへの畏怖の感覚が、穢れの意識へと変わるのだ。武士による王権は、遊郭や被差別部落にこれらの人々を閉じ込めようとする。その結果、穢れ多き者と見做された人々は、社会的賤視の下に固定されてしまう。これと並行して、家父長制による「家」という概念が社会の中に定着する。

非人や遊女の社会的地位が低下するとともに、彼らの救済の役割を担ったのが仏教である。親鸞の「悪人正機」が指す「悪人」とは、社会的に差別されるようになった悪党的人々と深い繋がりがある。また、親鸞が妻帯を積極的に肯定したのも、賤視されるようになった女性を救済するためであったと考えられる。


*****

ぼくにとっては、「悪党的思考」ではあまり描かれていなかった中世の女性像がとても新鮮で印象に残った。当時、女性の移動はとても活発で、九州から関東まで往来する場合も多かったようだ。当時の女性たちは、その旅の過程で、性的なものも含めて多くの人生経験を積んだという。しかし、女性の自由を許容する柔らかな社会は、神仏や天皇といった、人間を超越した「聖なるもの」に対する強い畏怖の念を基盤とすることによって成立することができたのである。

しかし、中世後期以降、近代に至るまでの間に、社会の硬質化は強化し尽くされ、神仏に対する畏怖の念は消失し、宗教は無効となった。と同時に、その一方で、近代に対する信頼も揺らいでしまっている。そうした揺らぐ時代だからこそ、未来のための新しい価値観が求められるようになるのだろう。
posted by Ken-U at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。