2005年03月08日

ブギーナイツ ある擬似家族の群像劇

ポール・トーマス・アンダーソン監督 『ブギーナイツ』 (DVD)

ポルノ映画業界を舞台にした群像劇。

boogienights01.jpg70年代後半。ポルノ映画監督のジャックは、クラブでバイトしているエディをひと目で気に入り、彼を即座にスカウトする。郊外の殺伐とした家庭の中で居場所を見つけることがでずにいるエディーは、ジャックのオファーを受け、家を出て、ポルノ俳優への道を進むことを決心する。そしてエディーは、自らの巨根を活かし、ポルノ映画界の寵児となることに成功するのだった

ジャックの仕事仲間は、共に暮らし、働き、パーティーをして、交わりあい、互いに絆を深め合いながら生き延びている。その在り様は擬似的な家族のようにもみえる。彼らはみな、本来の家族との間には問題を抱えていて、心に深い傷を負いながら生きているのだ。

その後、80年代に入り、新たにビデオというメディアが普及するようになると、素人の参入が容易になり、ポルノ業界は変化を迫られるようになる。そして、ジャックやその仲間たちも試練にさらされる。なかには、ジャックのもとを去り、破滅してしまう者もあらわれる。業界のスター俳優であったエディーもその例外ではなく、慢心がたたり、ジャックにクビを宣告されてしまう。

*****

人は生きていくうえで、ときに傷つき、または誰かを傷つけてしまう。あるいは、犠牲を払いながら試練を生き延びていかなければならない。ジャックもまた、自身の理想を捨て、ビデオに活動の場を移し、素人俳優を起用しながら制作を続ける。そして傷ついて戻ってきたエディを赦し、再び彼の共同体に受け入れるのである。

ジャックをとりまく人々の悲喜こもごもを、ポール・トーマス・アンダーソンは見事に映像化している。この作品の公開時、まだ彼は20代であった。その若さでこの脚本はちょっとすごいと思う。キャスティングも素晴らしいし、映像や音楽もいい。笑えるショットもうまく組み込まれているし、そして泣ける。あと、エディーの巨根ぶりはラスト・ショットまで隠されていて、それまでは周囲の人々のリアクションのみによって表現されているのだけれど、それがまた笑えてよいのだ。

ポール・トーマス・アンダーソンはぼくの心の友だけれども、本作はそのきっかけになった作品である。


この記事へのコメント
週末に久しぶりに見ました。
見てから改めてKen-Uさんのエントリーを読むと、また感慨深いです。擬似家族。私は結局、個人を単位とした縦(時間)の軸に執心していろんなことを感じているのかもしれません。
ところで、時間ができたらナンサを見に行ってみたいなあと思っています。公式サイトからデスクトップ画面をダウンロードしました。視界がひらける感じです。
Posted by saffron at 2006年01月28日 08:51
saffronさん、

この作品も父親や男根が主題になってますね。エディは父親の許から逃れますが、彼の新たな人生を支えるのが巨大な男根というのは皮肉ですよね。そして新たな父(ポルノ映画監督)と共に暮らし、またその父とも葛藤が生まれます。
この作品を観ていると、皆が幸せになって欲しいと祈るような気持ちにさせられますよ。

ナンサもいい作品です。幅広い層にウケているようで、ちょっとうれしいですね。ぼくも来週は劇場に足を運ぶ予定です。
Posted by Ken-U at 2006年01月28日 11:33
Ken-Uさま、初めまして。TBさせていただきました。
『ブギーナイツ』、大好きです。ダークのモノの凄さを皆の視線で表現するところ、私も上手いなぁと思いました。
ではでは。
Posted by 真紅 at 2006年09月11日 00:03
真紅さん、コメントありがとうございます。

ぼくも『ブギーナイツ』大好きです。P.T.A.は素晴らしい監督だと思いますよ。
Posted by Ken-U at 2006年09月12日 00:15
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誰が何と言おうと傑作認定〜『ブギーナイツ』
Excerpt:  こ・・これは凄い映画じゃないだろうか。”Boogie Nights”のピンクのネオン サインに導かれて、すべるように車が走る。踊るように歩く人々、車から出て来た のはバート・レイノルズとジュリア..
Weblog: 真紅のthinkingdays
Tracked: 2006-09-11 00:00
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