2005年01月04日

「幻の光」 超越した力の存在感

maboroshinohikari.jpg正月も3日になると昼のTV番組も手抜き過ぎ。是枝監督の「幻の光」を観た。

初詣のお不動様のせいじゃないとは思うけど、この映画を観ている間、ぼくの頭の中には「縁」という言葉がずっとつきまとった。縁、因縁。映画の冒頭、主人公の女はある因縁を背負わされる。

行方不明になった祖母。謎の死(自殺?)を遂げた夫。夫の死は、貧しいが幸せな家庭を築くことができるかと思われた矢先の出来事。女の人生に深い影を落とす。自分の手には決して届かない場所から、彼女の人生に深く刻まれてしまった因縁の力はあまりにも強い。その後彼女は新しい夫と新しい土地で人生をやり直すが、やがて自分はこの超越した力から決して逃ることはできないのだと思い知らされる。ぼくは観ているうちにすっかり女と自分を重ね、息を呑みながら彼女の人生を見守っていた。

彼女の新しい人生の舞台となる能登半島の景色はとても美しいが、この自然はときに人間にとって脅威にもなる。「超越した力」はこの自然の姿にかたちをかえて、季節とともに移りかわりながら女の人生に影を落とす。この北陸の自然の中で、やがて女はこの「超越した力」が絶えず自分の人生に大きな影響を及ぼしていることに気づかされる。

静かに流れるけど心に深く滲みる映画だった。セリフは最小限にとどめながら、美しい映像で多くを語っている。劇場で観たかった。自然の姿以外にも自転車やソバカスなど、因縁や死の影を想起させるサインがちりばめられていて、その「力」の存在に観ているこちらも絶えず緊張を強いられる。いい映画だ。ただ何故か劇中の関西弁が聴きとりづらく、前半は気になった。

今年は超越した存在に触れる、神聖な正月になってるかも。TVじゃ細木数子SPだからな。う〜ん、まあこれも超越してるのか?どこか歪んでるような気がするけど。


(関連記事:「DISTANCE 」もどることのない人々の面影/2005/01/09)


posted by Ken-U at 02:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(是枝裕和) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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