2005年03月14日

「アラキメンタリ」 最後はセンチメンタル

渋谷で「ARAKIMENTARI」。日曜最終回は1,000円。荒木経惟の姿を追ったドキュメンタリー。アラーキーの撮影現場や酒飲んで騒いでる姿、それに自身の言葉や、森山大道、ビョークなどのコメントなどによって構成されている。

arakimentari.jpg以前このブログに書いた記事のことを思いながら観てみた。舞踏家の麿赤兒氏が、アラーキーの作品の中にはエロスと死、それに祈りの要素が混在しているとコメントしていたけど、まさにその通りだと思った。性(生)と死の世界。その境界を象徴する女性器。そういったアラーキーの主題をあらためて感じた。


スクリーンを眺めていると、写真とは人生そのものなんじゃないかと思えてしまった。それはアラーキーにとって写真を撮ることがカメラを通した性行為であって、そして生死の境界と触れるための官能的な行為であることと繋がりがあるんだろう。写真は「センチメンタルな旅」だと彼は言う。清濁併せ呑むというか、身に降りかかるあらゆるものにまみれながら生きていくこと。矛盾を孕んだ様々なものを引き受けながら歩んでいくこと...うまくはまとまらないけど、人生のいろいろが頭の中をめぐった。

*****

新しい発見がふたつほど。アラーキーは東京の三ノ輪生まれだけど、東京大空襲を5歳のときに経験している。あと子供時代の遊び場。墓地で遊んだりもしてたらしいんだけど、そこは投込寺とも呼ばれる特殊な場所。遊郭の楼主が、死んだ遊女を投げ捨てる場所だったようだ。自分にとって、そこが東京の原点だと語っていた。東京にはエロスと死が混在していると。

なんか観ているうちにぐっときてしまった。ふと気づくと、隣の女の子は涙が止まらないみたいで顔を拭きっぱなし。それを気にしてたら、こっちはなんとか治まった。なんかセンチメンタルになっちゃう作品だった。

(関連記事:60年目 癒えない傷/2005/03/07)


posted by Ken-U at 00:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 写真(荒木経惟) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
早速拝見させていただきました。コメント頂いたyaginovです。まだこの記事しか読ませて頂いていませんが、ひじょうに読み応えがあるブログなんで、ちょくちょく寄らせていただきます。私も、これからアラーキーの写真をみていきます。やはり、まず、観ることですものね。
Posted by yaginov at 2005年03月26日 01:47
yaginovさん、コメントありがとうございます。このブログでは、日々浮かぶ自分の思いを熟考せずに、その日のうちに書き留めるようにしています。
コンパクト・カメラで日付つきの写真を大量に撮っていたアラーキーのスタイルと、ブログというメディアって、たまにイメージがカブる時があるんですよね。
こちらもちょくちょくおじゃましますので、よろしくお願いします。
Posted by Ken-U at 2005年03月26日 02:33
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