2005年03月16日

「森山 新宿 荒木」展 我儘で怠け者の覚悟

moriyama_shinjuku_araki.jpg午後遅めの時間に新宿へ。「森山 新宿 荒木」展を鑑賞。森山大道と荒木経惟、違うキャラクターを持つ作品同士が、新宿という街から放たれるエネルギーを通してリンクしているような印象。かなりエネルギーをもらうことができた。

作品数が多いのはやはりアラーキーだと感じた。圧巻だった。作品を眺めながら感じたのは、自分はまだ生きてないなということだ。生きることや死ぬことと繋がる根源的なもの、そういうものに触れた世界を見せつけられたというかなんというか。それに瞬間の切りとり方が凄いなと思った。写ってる通りすがりの人達の表情、目の表情なんかがとくに。歌舞伎町という街が持つエネルギーはキツイんだけど、それをまるごと飲み込みながら自分の世界を出し切ってるっていうか、とても力強い世界を感じることができた。

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今回の収穫は森山大道だ。いままであまり作品に触れたことがなかったのが悔やまれた。作品は濃密で重厚というか。ドキュメンタリーの「≒森山大道」(84分)が面白かった。彼の語る自身の写真や生き方というものにとても惹かれてしまった。

芸術が無から有を生み出すものだとすると、写真は既に存在するモノの映像を複写するものだから、芸術にはならない。だから観念的は捉えずに、そこからスタートする。とはいっても自分がシャッターを押すという以上、自身のなにかが作品の中に入り込む。観念的な芸術ではなく、かといってただの現実的な写真でもない、その狭間に大切なものがあるんじゃないか。ということを語ってらっしゃった。

70年代に入り、「写真よさようなら」で写真に対するある決着をつけた後の7−8年の間、森山氏は満足な作品を撮ることができなくなったそうだ。写真を撮ることをやめ、薬漬けの生活を送っていたらしい。ガリガリに痩せていたそうだ。しかしそれでも生き延びた。やりたくないことはやりたくない。そういう生き方には覚悟がいると。周囲からは我がままで怠け者だと言われるそうだ。

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去年ふたりが新宿で撮影している様子を収めたビデオも上映されていた。観ていてアラーキーの言葉を思い出した。写真を撮り始めた女の子に、どうやったらいい写真が撮れるかを訊ねられた時の言葉。彼は、姿勢を正して撮る相手ときちんと対峙することだと答えていた。

作品からエネルギーをもらい、怠け者の覚悟を授かって、帰る頃にはかなりテンションが上がっていた。かなり寒いけど気分は春だ。とりあえず金曜日遊ぶ予定をダブル・ブッキングしてみた。それを承知のうえでオファーをしてくれたのはとてもありがたいことだ。


posted by Ken-U at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真(荒木経惟) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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