2006年11月19日

「脳と無意識」 幻想のシナリオが紡ぐ世界の中で

フランソワ・アンセルメ/ピエール・マジストレッティ著
『脳と無意識 −ニューロンと可塑性』 (青土社)

原題:『A Chacun Son Cerveau: Plasticite Neuronale et Inconscient』

a_chacun_son_cerveau00.jpg経験は脳に刻印を押す。知覚を通して経験される外的現実の情報は記憶というかたちで脳内に蓄積されており、その働きはニューロンの持つ可塑性と深く結びついている。また、我々が認識できる記憶の範囲は限られているが、実際は、我々自身が把握している以上の膨大な記憶の痕跡が脳内に残されているという。この経験によって刻まれる記憶の痕跡は、新たな経験によって常に追加、更新されており、さらに脳の無意識の領域内でその記憶の輪郭は解体され、他の記憶の断片と結びつきながら再構築されていく。その新たに再構築された内的現実は、当初経験された外的現実とはすでに切り離されており、これが人間の抱える幻想の源泉になるという。

さらに、この内的現実(幻想)は知覚を通して活性化される。つまり、人間が知覚を通して外的現実に触れるときに、脳内ではある内的現実(幻想)が立ち上がるようにできているのだ。その時、人間は外的現実を認識しながら、内部で湧き上がる内的現実(幻想)の干渉を受ける。我々は目の前に広がる世界を正確に捉えることはできない。外的世界と我々の間には、絶えず幻想というフィルターが横たわっているのだ。そしてその幻想世界は我々の身体状態とも強く結びついているため、生み出された幻想はしばしばネガティヴな情動(苦悩、不安など)を突き動かし、その情動が我々に誤った行動をとらせてしまう。現生人類の脳の構造が変わらぬ限り、人間はこの幻想のシナリオから逃れることはできないだろう。

*****

本書はまた、脳の可塑性が遺伝子的決定論の抜け道をつくることも示唆している。

遺伝子の働きには、遺伝プログラムが達成されるにあたって、経験に一定の余地をのこすように定められているメカニズムがある。要するに各人は、遺伝的に決定されないように遺伝的に決定されているということが、わかってきたかのような具合だ。(p.18)

そしてもうひとつ。幻想から生み出される情動に対して、それを軽減するための行動がとれない主体は自己破壊に向かうという点も指摘されている。

くり返せば、幻想のシナリオの表象との連合で生じてくる欲動の軽減の可能性によって道をつけられていない身体状態は、主体の破壊に行きつくだろう。(中略)これは組織解体と、したがって死に向かう経路を意味している。生の原理そのものが死であるのかもしれない。無意識と、とくに幻想のシナリオは、生者が解体の過程のもとで回復してゆくこの自然な傾向に、道をつける。(中略)つまり生者は、死と消尽とエントロピーに向かう傾向、したがって自己破壊に向かう自然な傾向をもつのだが、欲動が内的環境とホメオスタシスの維持を目指す生理学的システムのもとで作用することによって、無意識は身体状態の組織構成化を可能にしているのだといえるだろう。(p.150)

人間が無意識の領域を過度に抑圧することと、自己破壊的な行動をとる事の間には深いつながりがあるということをここから読みとることができる。

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本書の主題は、神経科学と精神分析という異なる知の領域を脳の可塑性という接点を通して結びつけるところにあるらしいのだが、残念なことに、ぼくはその両分野に関する知識を持ち合わせてはいないので、その主題については消化不良にならざるをえなかった。ただし、冒頭、それぞれの分野が「北極熊」と「鯨」に喩えられているところに著者の意図とは別の意味で面白みを感じることができた。この表現は、著者の同僚が、本書の試みは北極に棲む熊と南海の鯨を交配させるようなものだと揶揄したことからきているらしいのだが、この「熊」と「鯨」という全く異なる動物は、神話的な思考によると、神の化身(あるいは自然界の王)という意味で同じ存在だと捉えることもできる。という意味では、この同僚の批判は批判になっておらず、むしろこのふたつの分野が互いに通じていることを暗に示していたとさえ妄想することができる。これもやはり、無意識の干渉による創造的な言い間違いということなのだろうか。
posted by Ken-U at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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