2005年05月02日

「脳と創造性」 不確実性の海へ

茂木健一郎著 『脳と創造性 「この私」というクオリアへ』

mogi_ken-ichiro.jpg茂木氏は創造性と脳の働きを結びつけながら、創造を神話的な世界から解き放とうとしている。創造性とは、突出する才能を持った人間のみにもたらされるものではなく、あらゆる人々に備わった能力であるというのだ。それは誰もが持っている脳の働きと密接に関係している。ただここでいう脳の働きとは、人間が意識することのできる領域のみを指すのではない。なぜなら、創造性とは脳の無意識の領域からもたらされるものであるからだ。脳は、人間の意識とは関係なく、絶えず自発的に活動をしている。人間がコントロールできる領域は脳の中の氷山の一角に過ぎないのだ。そのカオス的に活動する無意識の領域から意識の側へと情報が越境するときの、その情報のジャンプこそが創造のプロセスの源になっているのだ。そしてそのプロセスを支えているのは、人間の「感情」というシステムなのだという。

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脳内における「創造性」の働きをイメージしていると、脳の無意識の領域と、古代から人間がイメージしてきた超越的世界が重なってみえてくる。カオス的に活動する脳の領域は、まさに体内に存在する超越的世界だといえるのではないだろうか。創造性が意識の領域内へと運ばれるプロセスと、人間の感情の働きが密接に関わっていることを考えると、境界の向こう側からもたらされるなにかが心を高揚させるというのも納得がいく。

茂木氏は創造性を神話から解放しようとしているけれど、創造性を神話から解放するということは、科学が神話に近づいていく、ということを意味しているのかもしれない。そう考えていたら、中沢新一氏の「カイエ・ソバージュ」シリーズのことを思い浮かべてしまった。というのも、中沢氏は宗教から宗教を解放しようとしているのではないか、という印象を常々持っているからだ。

宗教が宗教から解放され、科学が科学から解放されて、互いに歩み寄り、交じり合うというイメージは官能的で刺激に満ち満ちている。相容れないと思われていたもの同士が受け入れあい、混ざり合うことのできる時代。21世紀が新たな争いの時代ではなく、調和の時代、創造の時代になればと願いたい。


posted by Ken-U at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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