2005年06月01日

事故から1ヶ月

テレ東 ガイアの夜明け
「安全神話の崩壊 〜効率主義の先に見えたもの〜」

JR福知山線の脱線事故からおよそ1ヶ月が経過した。この番組では、営利を追求する企業経営のあり方と、安全神話の崩壊とを繋げてあの事故を振り返っていた。

郵政の民営化が議論(?)されている最中に、この事故が起こったという偶然には考えさせられることが多い。というか、公営事業の民営化という範疇を越えて、この社会の民間企業が抱えている問題が、とても醜いかたちで噴き出してしまったのがこの事故なんじゃないかという気もしてしまう。

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18年前の国鉄改革以降、JRは人員削減をはじめとして経営の合理化を進めてきた。JR設立当時、JR西日本で黒字だった路線は山陽新幹線と大阪環状線のみ。そこから通勤路線の拡充を柱とした経営戦略によって業績を好転させている。

民営化後の人員削減の影響で、JRでは中堅の運転士が不足しているそうだ。若手に頼るしかないというのが実情らしい。彼らの生の声として、自分の運転次第で脱線事故が発生してしまうという感覚は、あの事故が起こるまでは持てなかったそうだ。運転士が独りで運転するハイテク化された環境の中で、そういった感覚を持つのは難しかったんだろう。昔の運転士は職人的なマインドを持っていて、運転士と運転助士の間でそれを受け継いでいくという環境があったらしい。

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レベルは様々だと思うけど、JRが露呈させている問題点は、多くの民間企業が潜在的に抱えている問題と繋がりがあるように思う。インタビューを受けていたJR西日本の井手正敬相談役の言葉には考えさせられるものが多かった。企業は誰のもので、誰のために経営されなければならないのか。特に株式を公開している企業にとっては頭の痛いところなんじゃないだろうか。

岩井克人氏の「会社はこれからどうなるのか」にそのあたりのことが書いてあったような気がする。アメリカ型の株主主権的な企業が抱える問題点について。知人から薦められて買ったけどちゃんと読んでない。番組では立教大学の先生が、無駄や余裕を排除しながら極限までコストを切り詰める経営姿勢があらゆる産業の中に見受けられると指摘していた。しかしそれは経営するうえで「善」とされていることだ。今回の事故がなかったら、JRは安全関連の投資を増額することができただろうか。投資家から無駄な投資だと思われたかもしれない。

JRに対するバッシングの様子を眺めていて感じるのは、現在の日本人が見たくはないものを、JRはとても醜いかたちで見せてしまったんだなあということ。いろんな意味で。もちろんJRの過失によって失われたものはあまりにも大きいと思う。しかし、事故の当事者以外の人々がとてもヒステリックに反応している様子には、どうしても違和感を感じてしまう。この事故がもたらす教訓は、どういうかたちで社会に還元されるんだろう。


posted by Ken-U at 02:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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福知山線事故(8)…マスコミ問題/たかじん番組続編
Excerpt: 今回は福知山線の脱線衝突事故からすこし外れるかもしれませんが, このシリーズの(3)「マスコミにもの申した?番組」でとりあげた 『たかじんのそこまで言って委員会』で再びマスコミ問題を取り上げていました..
Weblog: D.D.のたわごと
Tracked: 2005-06-01 21:41
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