原題:『LA SCIENCE DES REVES (THE SCIENCE OF SLEEP)』
妄想癖のある男がパリに移り住むと、そのアパルトマンの隣室に女が引っ越してくる。そして妄想がどこまでも膨らんでゆく。

彼は、夢と、妄想と、現実の世界を分け隔てることなく、いや、その区別をうまくつけることができず、それぞれの境界を緩やかに越えながら、七転八倒、思い悩み続ける。自分が欲しいもの、恋しく思うもの、それが隣の女なのかどうかさえ判然としない。それでも、わけのわからない衝動は容赦なく彼を襲い続け、彼の意識を混乱に陥れる。彼は、おのれの妄想に溺れ喘ぎながら、女に助けを求めているだけなのかもしれない。
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男の無様な姿がとても滑稽に描かれていて、よく笑えた。とても笑いどころの多いコメディーなのだけれど、喜劇と悲劇が絶妙のバランスで溶け合っていて、最後には切なさが心の深いところに染み入ってくる。とても魅力的なのだが、無闇には人に薦められない、というか、薦めずにそっと隠しておきたくなるような作品である。
この作品の魅力に深みを与えているのは、主人公ステファンの同僚であるギィの存在だと思う。 ギィは、冴えない風貌をしたいわゆるエロおやじで、口を開けばすべてを性愛につなげてまくし立てるような中年男である。出会った当初は、彼はいかにも浅はかで下品な会社人であるようにみえる。そして彼は、自分は創造的な人間ではないのでこの世に痕跡を残すことに執着はしない、とステファンにいう。ステファンは、ギィの価値観には否定的である。しかし、ステファンはなにかとギィを頼るし、ギィもステファンを受け入れ、彼の相談に乗る。ふたりの会話はそれでもすれ違いがちなのだが、言葉を交わし続けるうちに、どちらの価値観が浅はかなものなのかが判らなくなり、次第にギィの存在感が増していく。さらには、ステファンが暴走して職場を放棄してしまった後、ギィが黙ってその尻拭いをこなすのである。ギィがみせるこの態度は示唆に富んでいる、とまではいわないが、強く印象に残る。
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すべてを引き裂きながら膨張を続けるこの宇宙の中に、ステファンとステファニーが結ばれるための余地は残されているのだろうか。せめて彼らが70歳になる頃までに、この世界の新たなあり方が示されればいいのだけれど。それまでの間、ステファンは、あの無様なふて寝を無限に繰り返さなければならないのかもしれない。
人に薦めたくない、隠しておきたい。でも誰かに話してみたい。まるでいい夢をみた後のような気分ですね。
Ken-Uさまがこの作品を気に入られたようで、実はとてもうれしいのでした。
ではでは。
この作品、予想以上によかったです。もっと若かったらラストでじんわりきたかもしれません。実はGW中に観たんですが、劇場はほぼ満席で、かなりうけているようでしたよ。DVDが出たら、また観てみようかなと思ってます。
私も、この作品はメイン二人だけでなく、職場の同僚ギィの役どころは
かなり意義深いように感じました。ただのエロおやじとして終わらせなかった
ところが良かったですね。
前作『エターナル・サンシャイン』も癖の強い作品だったのですが、今回は
監督の私的な部分が多分に反映され、さらに癖の強い作品だったと思います。
好き嫌いが相当分かれるとは思うのですが、私もKen-Uさんと同じく、
ステファンの滑稽さにたびたび笑ってしまいました。
なるほど、『エターナル・サンシャイン』よりこちらの方が癖が強いんですね。あちらの作品は脚本がチャーリー・カウフマンですし、監督の色がより濃く出ているのは本作の方だということなんでしょうか。『エターナル・サンシャイン』はすでに録画済みですので、時間をつくって観てみたいと思います。