2007年06月02日

「鰐」 渇いた陸の世界にその余地は残されていないのだろうか

キム・ギドク監督 『鰐』/ 原題 『Ag-o (Crocodile)』 (ユーロスペース)

crocodile04.jpg橋の下に、「鰐」と呼ばれる男がいた。ある晩、彼は川底からひとりの女を拾い上げる。その後、息を吹き返したその女を犯す。鰐は、繰り返し女を凌辱する。

陸の世界は、男根と拳銃による暴力で溢れている。鰐もまた、この世界の辺境に身を置きながら、彼なりの野蛮さを発揮することによって、この渇いた世界を生き抜こうともがいている。しかし、彼は鰐であるがゆえに満足な教育を受けておらず、つまり、心の中の野蛮をうまく隠蔽することができないため、その凶暴さ、残忍さをありのまま露わにするしかない。だから彼は、女を殴り、無理やり押さえつけて、そそり立つペニスを女の体に突き立てるのだ。鰐は、女に飢えていたのだ。水の世界、死の世界からもたらされたその女は、その濡れた肉の塊は、彼にとって、とくに美しく感じられたのだろう。

*****

水の女との交わりの中で、鰐の心の中になにかが芽生え、彼の輪郭を形づくる鎧のような鱗が溶かされていく。そしてこの鰐の変化とともに、ふたりの心は触れあい始める。しかし、この渇いた世界の中に、ふたりが結びつくための余地は残されていないのだった。

キム・ギドク監督の長編デビュー作品であるこの『鰐』は、観客が密かに期待する陳腐な恋物語的結末をぎりぎりのところで裏切り、その後、悲劇的なハッピーエンドで幕を閉じる。そのラストでみせる鰐の最後のひと足掻きが強く印象に残った。


posted by Ken-U at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(キム・ギドク) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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